太宰治 魚服記のあらすじ│大人へと変化する少女の心

公開日: : 最終更新日:2018/03/09 太宰治(Dazai Osamu), 文学(Literature), 本(Book)

魚服記は、炭焼き小屋に住む多感な娘スワが、父から聞いた、馬禿山の滝にまつわる昔話を信じ、大人へと成長する中で、最後には自分も滝の住人となる話です。

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1.馬禿山の滝

青森県にはぼんじゅ山脈という山脈がある。せいぜい三から四百メートルほどの丘陵で、普通の地図には載っていない。昔は海の下にあったらしく、義経が蝦夷に逃れようとしたときに船でここを通り、山脈の真ん中あたりにある馬(ま)禿(はげ)山という小山の中腹あたりにぶつかったのだと言われている。

馬禿山周辺は景勝地として名高く、夏の末から秋にかけての紅葉を見物するために近辺の町から人が集まる。山の裏には十丈(約30m)ほどの滝があり、人が集まる時期には滝の近くにささやかな茶店が開かれる。
(ここで言及されているぼんじゅ山脈とは、現在の青森市と五所川原市にまたがる場所に位置する、標高468mの梵珠山のことである)

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滝の三方を囲む高い絶壁には珍しいシダ類が生えている。今年の夏の頃、シダを取りに来た採集家の学生が、滝に落ちて亡くなる事故があった。崖を登っている最中に足場が崩れ、淵に落ちたのだ。いったん浮かび上がったと思ったが、すぐに水底に沈められてそれきりだった。

この事故は滝の周辺に居合わせた四、五人の人々に目撃されていた。その中で一番はっきり見ていたのは、茶店の傍にいる十五歳の女の子だった。

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2.炭焼き小屋の父娘

馬禿山の周囲には十いくつかの炭焼小屋がある。春の土用から秋の土用にかけての山の木は炭を作るのに適しており、天気の良い日にはいくつもの白い煙が炭焼き小屋から立ち上るのを見ることができる。

滝の近くにも炭焼小屋があるが、ここの持ち主はよそ者なので、他の小屋からは大きく離れていた。事故を目撃した茶店の娘はこの小屋の持ち主の子で、名前はスワといった。スワは父親と二人で小屋に住んでいた。

父親が滝の傍に茶店をこしらえたのは、スワが十三の頃だった。夏になると、父親は毎朝、駄菓子やラムネを手かごに入れて茶店に運んだ。スワはそれについていき、父親が炭焼き小屋に戻って仕事をする間の店番をした。スワが客を呼ぶ声は滝の音にかき消されがちで、店の売り上げはいつも少なかった。

黄昏時になると父親が迎えに来て、店の品物を手かごにしまい込んで、二人で小屋に帰っていく。スワは山で生まれ育った子であるため、一人で茶店にいても事故に遭う心配はなく、気が良いときは滝の近くで泳ぎ、雨の日はむしろをかぶって昼寝をした。

スワは滝の様子を眺めては、こんなに水が落ちていればいつかはなくなってしまうに違いないとか、滝の形はどうしていつも同じなのかというようなことを考えていた。しかし、この頃は少し思案深くなり、滝の形――水のはねる模様や滝の幅――が目まぐるしく変わっていることに気が付いた。さらに、滝は水ではなく、白くモクモクと膨れ上がる雲であることも察していた。

3.昔話

ある秋の曇った日。スワは滝の傍にたたずんで、昔に父親が語ってくれたお話のことを思い出していた。

ある所に、三郎と八郎という木こりの兄弟がいた。弟の八郎は谷川で魚を取り、兄が山から帰ってこない間に全部食べてしまった。すると喉が渇いて仕方がなくなり、井戸の水を飲みほして、川に行ってさらに水を飲んだ。次第に体中に鱗が生じ、三郎が駆けつけたときには、八郎は大蛇になっていた。三郎が呼びかけると八郎は応え、兄弟は泣きながら呼び合ったが、どうすることも出来なかった。

スワが我に返ると、ちょうど父親が返ってきた。いつものように父親は声をかけるが、虫の居所が悪かったスワは返事をしなかった。帰り道、スワは父親に「なぜ生きているのか」と問いかけ、さらに「死んだ方がいいんだ」と暴言を吐いた。父親は思わず手を上げかけたが、スワがもうじき一人前の女になりつつあるせいだと考えて受け流した。それがスワをますます苛立たせ、「あほ」と怒鳴ってしまった。

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4.魚服

秋が過ぎると父娘は店をたたんだ。冬はスワが一番嫌いな季節だった。

この頃になると、父親は四、五日おきに村に炭を売りに行く。人を雇って運ばせると金がかかるので、運ぶのは常に父親一人だった。その間、スワは山にキノコを探しに行った。炭を売る金だけでは暮らせないので、スワが採ったキノコも売るのだ。

キノコや炭が良い値で売れると、父親は決まって酒臭い息をして帰ってくる。時折はスワに土産を買ってきてくれた。

木枯らしが吹いて山が荒れた日、父親は早朝から村に降りて行った。外に出れないので、スワは珍しく髪を結い、父親の土産のたけながを結んでみた。火をおこし、日が暮れると一人で夕飯を食べて父親の帰りを待った。
(たけながは「丈長」と書き、紙などをたたんで、元結(髪を束ねる紐や糸)の上から結ぶアクセサリーのことである)

夜になって待ちわびたスワは、炉端で寝てしまった。

まどろんでいると、時々入口のむしろを開けて、何かが中を伺う気配があった。スワは山人がのぞき見しているのだと思って寝たふりをした。そのうち粉雪が土間に舞い込んでくるのが見えて、スワはうきうきした。

目が覚めると体に痛みがあり、しびれるほど重かった。スワは酒臭い息を感じた。
スワは短く「阿保」と叫び、わけがわからないまま外に走って出た。吹雪の中、真っ白になりながらどこまでも歩き、やがて滝の近くまで来た。そして、低い声で父を呼び、滝に飛び込んだ。

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気が付くと、辺りは薄暗く、滝の轟(とどろ)きが遙か頭上からかすかに聞こえた。スワは水の底にいた。一度理解すると、非常にすっきりとした気分になった。

足を延ばすと音もなく前に進んだ。スワは自分が大蛇になってしまったのだと思い、そのことをうれしく感じつつ、もう小屋に帰れないのだとひとりごちた。しかし、スワが変じた物は実は小鮒だった。

小鮒になったスワはしばらく周囲を散策していたが、次第に動くのをやめた。何かを考えるかのようにしばらくじっとしていたが、やがてまっすぐ滝壺に向かい、木の葉のように吸い込まれていった。

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5.まとめ

この作品で最も気になる部分は、スワが目覚めたときに感じた体の痛みと、酒臭い息の部分である。多くの読者は、彼女が父親から良からぬこと――性的虐待――を受けたのではないかということを考えるだろう。

必ずしもそれが正しいといえるわけではなく、別の解釈もできる。酔っぱらって帰ってきた父と、スワが喧嘩になったのかもしれない。手を上げようとして一度は受け流したことがあったが、酒に酔っていて自制が利かずに殴ってしまったという見方もある。

真相はわからない。
 
この作品におけるもう一つの見どころは、思春期に入って大人に近づきつつあるスワの変化である。滝に対する見方の変化、父親への反抗、生きる目的に関する質問、身なりを整える様子など、特に思考の面での複雑化がうかがえる。いずれにしても、この変化がスワが家を飛び出して滝に身を投げる場面につながっているのは確かだろう。

冒頭の学生の死と、途中の三郎・八郎の物語が、最後のスワの様子とどうかかわってくるのかについてまでは、残念ながら読み解くことが出来なかった。魚服記が収録されている「晩年」は、若い頃の太宰が自分の遺書代わりとして書いたことでつけられた題名である。

太宰が最終的に命を落とすことになる、絶望やあきらめのための自殺とは異なる、若い者の発作的な自殺の心理を垣間見ることが出来るのかもしれない。

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