太宰治 逆行のあらすじ│自意識過剰から生じた虚飾を描く

公開日: : 最終更新日:2023/08/30 太宰治(Dazai Osamu), 文学(Literature), 本(Book)

太宰治の「逆行」は「蝶蝶」「盗賊」「決闘」「くろんぼ」の4つの短編から成り、作品集「晩年」に収録されています。それぞれの短編は独立していますが、自意識過剰さ、反発から生じた乱れた人生とその内部にある虚無感という、共通したテーマを見出すことが出来ます。

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「晩年」は太宰が自殺を試みる前に、遺書のつもりで書いた作品集で、彼自身の心情や人生経験が大きく反映されていると考えられています。

蝶蝶のあらすじ

1.死にゆく男

 一人の男が床に伏していた。男はまだ二十五歳だったが、老人のようになっていた。二度自殺を試み、思想犯として三回も留置場に叩き込まれ、百篇を超える数の小説を書いたが一つも売れることはなかった。常人の三倍ほども重みのある人生だったが、何一つとして本気でやったことはなかった。

2.無意味な生

 遊びによって感染した病気によって死にかけている今、老人に残っているのは、酒と女の思い出だけだった。暮らしに困らない財産はあったが、遊び暮らせるほどではなく、中途半端な物であった。何事にも真剣になれず、酒と女に溺れた嘘だらけの人生の中で、真実であったのは生まれたことと死ぬことの二つだけだった。

3.蝶蝶の幻影

死にゆく中で、老人は目をつぶっていることが多かった。そうすると、額のすぐ上を数千数万の様々な色の蝶蝶が飛んでいるのが見えるというのである。はるかかなたには蝶が霞のように群れて互いに争い、ばらばらになった破片が降り注いでいる。

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4.あずきかゆ

老人は食べたいものは何かと聞かれると、あずきかゆと答えた。粥に茹で小豆を散らし、塩で風味をつけたもので、老人の田舎ではご馳走だった。老人が十八の時に初めて書いた小説で、一人の老人が死の直前に小豆粥を所望するシーンがあったのだ。

老人は小豆粥を二口すすり、最後にまた「遊びたい」とつぶやいた。

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盗賊のあらすじ

1.落第

フランス語を専攻する大学生の主人公は、今年の落第が決定していた。それでも試験だけは受けようと、一年ぶりに学生服にそでを通し、大学にやってきた。大学は巨木の銀杏並木、赤いレンガ造りの大きな講堂、優れた造園技術で作られた庭を有する、非常に立派な所だった。主人公は余裕があるような様子で庭に腰を下ろし、自分は「盗賊」であると考えていた。

2.金縁煙草(たばこ)と安煙草

煙草を吸おうと思って火がないことに気付いた主人公は、通りかかった学生の一人に火を借りようとした。学生は自分が咥えていた金縁の煙草を渡して去っていった。主人公は自分が持っていた安煙草に火を移し、金縁の煙草を踏み潰した。その学生の優秀さと、自分の安っぽさを象徴するような煙草の差が憎く、現実を認めたくないかのように。

3.秀才の振り

講堂に入ると、他の学生はノートでカンニングが出来るように後ろの席を取りたがった。主人公は自分が秀才であるかのように悠々と前の席に腰を下ろした。実際はカンニングに使えるノートも無ければ、相談できる友人もいなかった。

 入ってきた教授は問題を黒板に書いた。落第したくても出来ないような簡単な問題だったようだが、主人公は全く理解できなかった。どんな問題が出ても、主人公は「フロオベエルは処女作の汚名を雪(すす)ぐことだけに情熱を傾け、傑作を生みだそうとできもしないことを夢見ていたせいで自活できなかったお坊ちゃん。それに対して弟子のモオバスサンは市民に迎合した作品を書いて受け入れられるようになった大人である」と書くつもりでいた。

4.食堂の列に並ぶ盗賊

 答案を書き終えた主人公は、余裕があるかのような様子を見せて講堂を去り、学生食堂に向かった。安値で十分な昼食が食べられる食堂には長蛇の列ができていた。
主人公はそれを見ながら、自分のことを盗賊、希代のすね者であると思った。芸術家は人を殺さず、物を盗まないちゃちで小利巧な連中だが、自分は違うと言い聞かせている。

列に並ばずに入口の様子を見に行くと、食道の三周年記念として、少し豪華な食事が準備されていた。中は学生がひしめき、その間を給仕の少女たちが舞うように移動している。天井には万国旗が飾られていた。
良い日に来たものだ、共に祝おうと一人ごち、卑屈な冷笑を漏らして列に滑り込んだ。

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決闘のあらすじ

1.五円の遊び

主人公はとある男を殺したいと思って決闘をした。理由は同族嫌悪や痴情のもつれではなく、主人公がその男の酒を盗んだからだった。

主人公は北方の城下町の高等学校の生徒である。遊び好きだが同時にケチでもあり、いろいろと節約して五円溜めるたびに、町に繰り出して全部使う。夏ならビール六本、冬なら熱燗十本で、釣りは全部くれてやって立ち去る。五円以上は使わず、残すことも無い。そうしてまたお金を貯める。

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2.予言者遊び

ある夜、主人公は「ひまわり」という小さなカフェに入った。その頃は、主人公と似た顔立ちの俳優が有名になりつつあったので、主人公の姿が女性の目を引くようになっていた。ひまわりでも女給に酌をしてもらったり、煙草を一本もらったりと、いろいろな歓待を受けることが出来た。

その内、一人の若い女給が主人公の前に手を差し出した。占いをしてもらいたがったのだ。主人公は紺色の長いマントをかけて、白い皮手袋をしており、俳優と似た顔立ちと相まって予言者のような雰囲気をしていた。
主人公が適当に言ったことは偶然にも次々と当たり、女給は彼をさらに歓待した。

3.外れた目論見

徳利を六本ほど空にしたとき、ぶちの犬革の胴着をつけた若い百姓がカフェに入り、ウイスキーを飲み始めた。主人公はもてはやされた興奮の中でもっと酒を飲みたいと思い、百姓からウイスキーをかすめ取ることを思いついた。きっと女給たちも、予言者らしい突飛な冗談として喝采を送り、百姓も酔いどれの悪ふざけとして見逃すだろう。

主人公は百姓のテーブルからウイスキーのコップを取ってあおった。だが、喝采は起こらず、場は静まり返った。百姓は立ち上がり、主人公に外に出るように言った。
外に出ると、百姓は主人公に謝るように詰め寄った。主人公はふざけてその場をごまかそうとしたが、通用しなかった。女給たちも止めるでもなく、むしろ主人公が殴られるのを待っているような節さえあった。

4.孤立無援

百姓が顔を殴ろうとして主人公が首をすくめたので、帽子が吹っ飛ばされた。それを拾ってそのまま逃げようとした。そうすれば五円分をごまかし、また別のところで飲むことができる。しかし、足元が泥で滑り、カエルのようにうつぶせにひっくり返った。全身泥まみれになっている。百姓は女給に囲まれ、守られていた。

誰も味方がいないみっともなさが凶暴さを呼び起こし、主人公は百姓に向かっていった。せせら笑って大時代なセリフと共に、手袋とマントを泥の上に放り出す。そうやって格好をつけた自分の姿に満足しつつ、腹の中では誰かが止めてくれるように祈っていた。
百姓は胴着を脱いで女給の一人に渡し、一本の銀笛(西洋の金属製の縦笛)を別の女給に渡した。女性に味方してもらい、百姓でありながら銀笛も出来る男。百姓の格好の良さと、自分のみっともなさを対比し、主人公の心の中で殺意が芽生えた。

5.惨敗

出ろという声とともに百姓と向き合った主人公は、相手の脛を思いきり蹴って地面に倒し、目玉をくりぬいてやるつもりでいた。だが、実際は最初の一撃はかわされ、不格好なままの主人公の顔に左からパンチが叩き込まれた。よろめいたところに右から平手が叩き込まれ、主人公は泥の中に四つん這いになった。

とっさに百姓の足にかみついたが、それは足ではなく道端に立てられていた杭だった。
人の酒をかすめ取ろうとして怒らせ、逃げようとしたが勝手に転んで泥まみれになり、喧嘩に応じれば味方は誰もおらず、挙句に手も足も出ずに叩きのめされた。
今こそ泣こうと焦ったが、涙は一粒も出てこなかった。

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くろんぼのあらすじ

1.チャリネの来訪

村に日本チャリネの一座がやってきた。軽業(かるわざ)以外に、黒人を見せ者にしている。村人は「くろんぼ」は人を食う、真っ赤な角が生えているなどと噂し合っている。主人公の少年はそれを信じていない。普段から娯楽も夢もない生活をしているので、こんな時こそ勝手な伝説を作り上げ、信じたふりをして酔っているのだ。少年にとって重要なのは、黒人が女というところだった。

ちっぽけな村なのでチャリネが来た話はすぐにいきわたった。その夜、小学校の隣の牧場に用意されたテントに人々が集まった。少年も足を運び、大人たちを押しのけて最前列に陣取った。

2.くろんぼの芸

軽業の曲目が終わった後、黒人が入れられた檻が舞台に出された。檻は面積が一坪ほどで、黒人は真っ暗な隅に置かれた腰掛に座って、刺繍をしていた。少年はこんな暗いところで刺繍など出来る物かとあざけっていたが、黒人は実際に刺繍をしていた。日の丸の旗であった。簡単だから、闇の中でも手探りで出来るのだ。

少年は彼女が嘘をついていないことを知って興奮した。太夫が鞭を振って合図をし、黒人に二つ三つの卑猥な芸をさせた。少年は太夫に嫉妬を感じ、黒人が謡う歌を愛した。

その夜、少年は黒人の女を思って自慰をした。

3.妄想

翌日、少年はチャリネのテントに行って黒人を探した。だが探しても見つからず、学校のチャイムが鳴った。あの黒人は普通の女なので、普段は檻から出て仕事をしたりみんなと遊んだりしているに違いないと思っていた。そっと後ろからきて抱きしめられ、誘惑されるのではないか。そうしたら「僕で何人目だ」と聞くつもりでいたが、そんなことは起きなかった。少年はあきらめて学校に行き、体調が悪かったと言ってごまかした。

村の人たちの話によれば、黒人は檻に入れられたまま馬車に積み込まれて、一座と共に村を去っていったそうだ。芸をさせていたとき、太夫は身を守るための拳銃をポケットに忍ばせていたという。

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「蝶蝶」のまとめ

乱れた人生を送った果てに、若くして老人のようになって死にゆく男の姿を描く「蝶蝶」。心中未遂、思想に走った経歴などは、太宰自身の学生時代のそれを踏まえている。太宰は19歳までに、200篇以上の作品を執筆、花柳界(かりゅうかい)に出入りして芸妓(げいぎ)(芸者)と深い仲になり、左翼運動への傾倒と自殺未遂など、人並み以上に波乱にとんだ人生を送っていた。

若くして生きながら死んだような姿になるというのは、後に代表作になる「人間失格」の主人公、大庭葉蔵の最後を連想させる。蝶蝶の老人も大庭も、乱れた派手な人生でありながら、心理面では空虚という点で共通しており、太宰の心理がどのような物であったのかをうかがわせる。太宰は自分が最期を迎えるときは、このような姿になることを予見しており、それが心中という人生の終わり方を選択する理由になったのだろうか。

 

「盗賊」のまとめ

落第が決定した不良学生の行動を描いた「盗賊」は、東京帝都大学文学部仏文学科に入ったときの様子を元にしている。このときの太宰はフランス語を全く知らずにあこがれだけで入学を決め、その後は共産主義に傾倒して講義にもほとんど出席しなかった。結局、実家からの仕送りで豪奢な生活を送り、留年を繰り返した挙句、授業料未納で除籍されている。

盗賊を自称する主人公は、劣等生でありながら自分を周囲と違う特別な人間であると考え、自己陶酔をしている。理解できない試験を受けたりエッセイを書いたりする挑発的な態度を見せるが、それらは周囲に何の影響も持たず、自分でも意味がないことに気付いている。
実力に伴わない肥大した自尊心と、自己満足以上にはならない挑戦的な態度、その無意味さに気付いている主人公の姿は、むなしさを感じさせる部分がある。

ちなみに、作中で言及されている「フロオベエル」はギュスターヴ・フロベールのことで、卑近な題材を精緻に描く「文学上の写実主義」を実現した。代表作は「ボヴァリー夫人」「サラオボー」など。「モオバスサン」は彼の弟子の一人であるギ・ド・モーパッサンのことで、自然主義で知られる。有名作品は「女の一生」「脂肪の塊」など。

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「決闘」のまとめ

この作品の主人公は、少々格好をつけつつも、比較的まっとうに遊びをしている。だが、調子に乗り過ぎ、格好をつけて理想像を演出するが、実際にはうまくいかずに、もろくも崩れ去ってみじめな目を見ることになる。

「津軽」など作品を読むと、太宰は子供のころから「理想像を演出するために格好をつける→上手くいかず悲惨な目を見る」ことを何度か行っていたことが分かる。もしかすると、人の酒をかすめ取って殴り倒されるというのも、実際にあったことなのかもしれない。

「くろんぼ」のまとめ

この作品は自意識過剰な部分がある少年の性について描かれている。最初に村人が黒人についての噂をするときに、少年は黒人が女であるということに関心を示さない周囲の人間を間抜け扱いする。実際は「大人」にとってはどうでもよいことであるために、話題にされないだけなのだが、少年はそれに気づかない。

黒人の歌に聞き入って自分だけがその美しさを理解できるのだと思うが、歌に心を打たれたのではなく、卑猥な芸に性的興奮を覚えているだけだった。終盤の展開も、自意識過剰な考えから妄想をするものの、現実は全く違うというオチになっている。

最後に

「蝶蝶」から「くろんぼ」までを一人の男の人生として見ると、自意識過剰さ、現実との乖離、反発から生じた乱れた人生、内部にあるむなしさという流れを見出すことも出来る。

 余談だが、日本チャリネとは1899年に設立された日本人による初めてのサーカス団「日本チャリネ一座」のことと考えられる。しかし、有名なサーカス団が粗末なテントで卑猥な見世物をしていたのかどうかはわからない。サーカスという呼称が広く使われるようになったのは1933年以降のことなので、作中に出てくるのは本来の物とは別の、サーカスについての一般的な呼び方なのかもしれない。

 

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