ドストエフスキー 悪霊のあらすじ│ロシアの文豪不朽の大作
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最終更新日:2023/08/30
文学(Literature), 本(Book)
悪霊は、ロシアの文豪ドストエフスキーが50歳の頃の作品で、主人公らに無政府主義、無神論、社会主義革命などのテーマを持たせ、社会を混乱に陥れ、人々を不幸にしながら、誰ひとりハッピーエンドを迎えないストーリーである。
作品の最後で、ある者は破滅を迎え、ある者は悪さをしながらもまんまと逃げ延び、ある者は狂乱した群集に撲殺され、またある者は内ゲバの末に殺害される。
正義、救済、愛といったものからは無縁の作品であるが、人々の心の奥に潜む闇を照らし、否定しがたい魅力をもつ作品でもある。
**目次**
1.朧気(おぼろげ)に浮かび上がる悪魔の輪郭 不思議な青年スタヴローギン
19世紀ロシアのとある地方都市の郊外、スクヴォレーシニキにて、かつては大学の教壇にも立っていたが、今ではワルワラ夫人の食客となっているステパン氏は、ワルワラ夫人から結婚話を持ち掛けられる。
ワルワラ夫人は、ロシアを代表する学者のステパン氏を経済的に援助することで、世間にその威光を示そうと考えていた。しかしステパン氏の学説はほどなくして、講壇では異色のものとして捉えられ、鼻つまみ者になっていた。ワルワラ夫人も、食客ながら驕慢(きょうまん)なステパン氏に苛立ちを覚えていたが、一度援助した手前粗末な扱いもできない。
そこで、夫人の養女であるダーシャとステパン氏を結婚させて片付けてしまうことを思いついたのである。
ステパン氏は、ワルワラ夫人の前では衒学(げんがく)的な態度を取るが、ワルワラ夫人の金で生活しているため、頭が上がらない。そこでスイスにいる息子のピョートルに、結婚を穏便に破談させてほしいと手紙を出す。ピョートルは死別した一人目の妻との間にできた息子で、親戚に預けたきり、ほったらかしであった。
ワルワラ夫人は、目の上の瘤であるステパン氏と、最愛の一人息子ニコライ・スタヴローギンに好意を寄せる養女ダーシャを、まとめて解決してしまおうと考えている。
ニコライ・スタヴローギンは、ステパン氏の教育を受けて進学し、聡明な美青年でありながら、軍務に服してからは、それまでの品行方正の道を外れ、二度の傷害事件を起こして、町から追放されていた。
2.スタヴローギンの偽りの結婚と悪意の萌芽
4年後、ワルワラ夫人は、息子ニコライと町に住む白痴で足の悪い、年増女・マリヤが関係していると書かれた匿名の手紙を受け取る。心穏やかでないワルワラ夫人は、マリヤを気遣うフリをして、家に連れ帰る。ワルワラ夫人の幼馴染の娘、美貌のリーザは、好奇の目で事の成り行きを見守っている。強(したた)かでプライドの高いリーザは、ニコライに好意を寄せながら、許嫁がいる身ではそれが賢明な感情でないことを知っている。
(photo by pixabay)
ワルワラ夫人の屋敷には、マリヤとリーザの他、ダーシャの兄シャートフ、リーザの許嫁マブリーキーが集まっていた。ニコライがピョートルを連れて帰館したら、ステパン氏とダーシャの婚約発表をするつもりだ。そして、マリヤとの関係をニコライ自身に否定させようとしている。ワルワラ夫人は、息子をどこか良家の娘と添わせたいと考えている。
スタヴローギンの振る舞いの背景を知るには、悪霊の別巻「スタヴローギンの告白」まで読み解かなくてはならない。これは、当時ドストエフスキーが「悪霊」の連載を持っていた「ロシア報知」で、あまりにもショッキングな章として掲載が差し止めになり、長い間公表されなかったものである。
その中で、スタヴローギンは少女マトリョーシャへの性的虐待を行い、少女を死に至らせたことを告白し、一時はその罪の許しを神に請う。しかし、告白や苦行をしても一向に気持ちが晴れないどころか、そのような行動で許された気持ちになっている人々や社会の常識に対して、憎悪の気持ちが芽生えるのである。
そしてマリヤとの結婚が贖罪のためではないかとの指摘に対しても、酒を飲みながらウォッカの飲み比べをして負けた時に、急にその気になったから、と述べるまでに至った。実際の所、心の奥底に罪の意識への対峙があったのかもしれないが。
このような出来事や発言から、スタヴローギンは無神論者となり、愛情や良心、善といったものとは無縁な人格が形成されていったことがわかる。
ワルワラ夫人はマリヤのことで、スタヴローギンを問い糺すが、彼は何も答えない。黙ってマリヤを連れて屋敷を出る。スタヴローギンが不在の間に、狡猾なピョートルは、マリヤはバカで思いこみが激しく、唯一自身に優しかったスタヴローギンを夫と思いこんでいる、と説明する。
そして、ステパン氏に手紙で「無理やり結婚させられそうになっている」と言われた、とワルワラ夫人に暴露し、激昂した彼女はステパン氏を家から追い出した。
スタヴローギンと同じくらい、この物語の中で頻繁に登場し、重要な動きをするのがピョートルである。
自らを政治的詐欺師と呼び、無神論的な革命思想を持つ。
人を物のように使い捨て、自らの目的を達しようとする。
父であるステパン氏とは疎遠であり、ワルワラ夫人から仕送りを受けながら、田舎の伯母の下で育てられたので、父をかばう理由がない。
マリヤを家まで送り届けて戻ったスタヴローギンを、なぜかダーシャの兄シャートフは殴りつけた。それを見て一同は驚くが、リーザは卒倒し、ワルワラ夫人の婚約発表の計画はなし崩しになる。
3.恋慕・嫉妬・阿諛(あゆ)、スタヴローギンに渦巻く怨念
シャートフに殴られたスタヴローギンを見てリーザが気絶したことにより、彼女のスタヴローギンへの想いが噂される。リーザの婚約者マブリーキーは、面目を潰されながらも、リーザに尽くす。
スタヴローギンはシャートフに、マリヤとサンクトペテルブルクで正式に結婚したことを話すが、シャートフは、スイスにいた頃、スタヴローギンに妻を寝取られたことがあり、殴りつけずにはいられなかった事をスタヴローギンに告白した。
ピョートルは、スタヴローギンの聡明と人を惹きつけずにはおれない容姿、類まれなるカリスマ性に目を付け、彼を革命の偶像にしようと画策している。
スタヴローギンは、マリヤと自分の結婚を公表しようとマリヤに話すが、兄の放蕩と暴力で昔から常軌を逸しているマリヤには、話が通じず、ニセ侯爵呼ばわりされ追い返される。その帰り路、革命の手駒としてピョートルに匿われている脱獄囚フェージカに物乞いされ、スタヴローギンはマリヤの殺害を仄めかして、フェージカに金を持たせる。
スタヴローギンは、なぜマリアを殺そうとしたのか。
書類上であれ妻である女にバカにされたことに腹を立てたのか、妻であるマリアを殺して、マブリーキーを排除し、リーザを妻とすることを考えたのか、気の狂った女との関係に愛想が尽きたのか。実際にマリアは侯爵でもなんでもないスタヴローギンを侯爵呼ばわりしており、明らかに正気ではない。
4.革命家ピョートル 実体化していく狂気
翌日、かつてスタヴローギンに家名を汚されたガガーノフに申し込まれた決闘を軽くいなした事で、スタヴローギンの評価は一挙に高まった。ガガーノフはピストルを撃ち損じるが、スタヴローギンはわざと狙いを外して撃ち、それが3度も続いた。
スタヴローギンと思想は相いれないものの、そのカリスマを革命に繋げたいピョートルは、ひとり新任のレンプケ県知事の夫人ユリヤに取り入り、労働者を蜂起させようと画策している。
ピョートルは県知事とユリヤ夫人を仲違いさせ、町の統治の実権をユリヤ夫人に握らせる。匿名の檄文に踊らされた労働者が、レンプケ県知事の屋敷に、労働条件改善の直訴をしに来るが、レンプケ県知事は労働者を冷たくあしらう。
ユリヤ夫人はレンプケの対応を批難しながら、スポンサーの支持を厚くしようと舞踏会を計画する。
しかし、ピョートルはスタヴローギンに冷たくあしらわれ、レンプケ県知事は、夫人との不仲、ピョートルと夫人の不義の疑い、不穏な空気の漂う町の統治によるストレスで、正気を失い始める。
混乱のまま開催された舞踏会は、大失敗に終わる。ユリヤ夫人が大枚をはたいて用意した酒肴(しゅこう)を、ドレスコードも満足に守れない貧乏人がさらっていった。
リーザは混乱に乗じて、スタヴローギンの館に押しかけ、ニコライと関係を持つが、彼の頽廃した姿に失望して、マブリーキーの元に帰っていく。
舞踏会の夜更け、郊外の家に何者かが放火する。労働蜂起に失敗した連中の腹いせだろうと考えられていた。事態の鎮圧に向かったレンプケ県知事は、燃え盛る火の勢いを前に発狂する。
消火後のある一軒家から、マリヤ、マリヤの兄で酒乱のレビャートキンとその女中の惨殺体が発見された。
好奇心から火事の現場にマブリーキーと共にかけつけたリーザは、不貞の罪を夫に許された直後にも関わらず、狂乱する群衆に撲殺される。
ピョートルは、事実の隠ぺいのため、マリヤたちを殺害した実行犯のフェージカを殺害する。
5.死か発狂でしか救われない人たち。悪霊は誰に憑いていたのか
(photo by pixabay)
狂乱の翌日、ダーシャの兄シャートフの家に元妻マリイが戻ってくるが、スタヴローギンの子を身籠っている。シャートフは産婆を探して奔走し、マリイは無事男児を出産するが、産後の具合が悪く、帰らぬ人となる。シャートフは、男児に「イワン」と名付け、養子にする。
しかしピョートルは、自分たちの革命組織を抜けたシャートフを、組織の密告者に仕立て上げ、革命のために組織した「五人組」と共謀して殺害する。そしてシャートフ殺害の罪をニヒリストのキリーロフになすりつけ、彼の自殺を見届ける。
ピョートルの目論見通りにはいかず、自責の念に堪えられなかった五人組の一人・リャムシンの告発により、五人組は逮捕され、ピョートルは国外に逃亡する。
ユリヤ夫人主催の舞踏会での演説を、講壇への起死回生の一手として臨んだステパン氏は、失意のまま取る物も取りあえず放浪の旅に出た。しかし旅の途中病に倒れ、追いかけてきたワルワラ夫人がその死を看取った。
スタヴローギンは、スクボレーシニキの屋敷で、静かに首を吊った。その顔には、スタヴローギンの苦悩も絶望も、何も表していなかった。
6.まとめ
ヒョードル・ミハイロビチ・ドストエフスキーはロシア文学の巨匠だ。
生没年は1821年と1881年。
スタヴローギンはなぜ最後に首を吊ったのか。
自由主義者とは。
人はショックを受けただけで気絶するのか。
ピョートルはなぜそれほどに革命を起こしたいのか。そして、生き残ったピョートルこそが悪霊ではないか。
ドストエフスキーの鋭い観察眼と緻密な人物描写は、私のような浅学な読者までも惹きつけてしまう。彼の著作に、ストーリーをさらえば腑に落ちてしまうような作品はひとつもない。適当に開いたどのページから読んでもおもしろい。
悪霊については、ドストエフスキーの観察眼は常人の頭一つ分抜きんでており、その登場人物の誰もが我欲を持って実態化せんばかりの生々しさで動いているのに対し、主人公のスタヴローギンだけが、どうも曖昧で気持ち悪いところに妙味がある。
悪魔的に書かれたスタヴローギンは、自身では手を下さないが、周りを狂わせ死に追いやっていく。ではなぜ、最後に彼は首を吊ったのか。初めから何も信じていなかったはずのスタヴローギンは、いったい何に絶望したのか。
マーク・トウェインの晩年の小説「不思議な少年」の主人公は、まさに悪魔そのものだが、スタヴローギンは彼に似ている。不思議な少年の主人公の雰囲気は暗すぎる。徹底的な人間不信を描いているのである。
しかし、「悪霊」では、根本にあるテーマとして、「革命」「自由主義」「無政府論」「無神論」といったことが強調されている。非凡な才能を持った美しい青年が、社会の背中を破滅に向けて少しだけ押す。
その行動の根源になる感情は、ピョートルのような野心ではなく、ただの好奇心、そして自分の行動に対する徹底的な無関心だ。
悪霊の本旨を、かみ砕いて粉々にすると、つまり、「何かを信じきるのは大変だが、何も信じないのも、死ぬほど大変である」ということであろうか。
私は、スタヴローギンの悪意やピョートルの革命への妄執が、200年前のロシアにだけ当てはまる事だと言い切る自信はない。「抜本的な解決」とか「地域住民の為に粉骨砕身の努力を」とか「一人一人の努力」とか、そういう実の少ない標語を、張り紙で見るたび、若い人の口から聞くたび、その熱意に悪霊が憑けばすぐに崩壊に向かいそうだと不安になる。
岩波文庫から出版されている米川正夫訳の「悪霊」を読んだが、現代語訳で書かれており、そもそも時代背景になじみがないから、読みづらい部分があった。
ドストエフスキーを理解するうえで、翻訳についての是非もあるだろう。
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