太宰治 ヴィヨンの妻のあらすじ│ダメ人間を夫に持ちつつ変わっていく妻
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最終更新日:2023/08/30
太宰治(Dazai Osamu), 文学(Literature), 本(Book)
太宰治の作品「ヴィヨンの妻」のあらすじです。
主人公の夫、大谷はかなりの放蕩者で、ある種の人格の歪みを持っている。
表面上は魅力的で口達者、自慢話や華麗な経歴をアピールするが、慢性的に嘘をつき、人をだますことに罪の意識は覚えない。
そのような夫を、15世紀の放蕩詩人フランソワ・ヴィヨンに見立てると、主人公はまさにヴィヨンの妻といったところである。
遊び人の男を夫に持ってしまった女性が、シニカルに、しかし現実的で強い人間に変わっていく作品である。
1.働かない夫
主人公である「妻」は、夫の大谷と、二歳になる男の子と共に暮らしていた。遊び人の大谷は酒ばかり飲み、家にはほとんど帰ってこなかった。収入もなく、子供は発育不良のためか、見た目も精神的な発達も二歳程度のままであった。それでも妻は、細々と生活を続けていた。
十二月のある日、大谷はいつものように夜中になって家に帰ってきた。普段の大谷は、子供の調子が悪いと言われても、「病院に連れて行ったらよいでしょう」などとうそぶいて出て行ってしまう。しかし、その日は子供の様子を心配し、妙にやさしい様子を見せた。
間もなく、玄関の方で大谷を呼ぶ声が聞こえてきた。やってきたのは四十代の夫婦で、大谷を見るなり泥棒と詰(なじ)った。大谷は怒鳴り返すが、上ずって虚勢を張っているのが分かった。
大谷は逃げようとして亭主に止められたが、ナイフを取り出して脅し、その隙に外に飛び出していった。
2.窃盗
ひとまず妻は二人を家に上げ、事情を聴くことにした。二人は中野で小料理屋を営んでおり、大谷は客の一人だった。
三年前、戦争が始まってまだ間もない頃に、大谷は女に連れられて店にやってきた。当時はすでに物資の不足が始まっており、店は表戸を閉めて、客は裏口から入ってひっそりとやってきて酒を飲んでいた。
夫婦としては客が増えすぎると対応できなくなっていたのだが、大谷を連れてきた女は、何度か金払いの良い客を紹介したことがあったので、夫婦も義理で迎え入れた。女は以前、新宿のバーで女給をしていた。
夫婦は大谷に物静かで上品な印象を抱いた。十日ほど後に大谷が一人でやってきたときは、百円もの大金を払って釣りももらわずに帰っていった。金払いが良く、物静かで酒を飲んでも酔ったそぶりを見せない大谷は、店の上客になりそうだった。だが、大谷が夫婦に代金を払ったのは、後にも先にもこれきりだった。
大谷は自分が四国の大谷男爵の次男で、本を何十冊も書いている日本一の詩人だと吹聴していた。さらに、学習院から一高、帝大とすすんで、ドイツ語やフランス語などにも堪能な大学者でもあるとも語っていた。
これは完全なでたらめであり、大谷は調子のよいことばかり言って人をだまし、ただ酒を飲んでいくだけだった。後に分かったことだが、彼に乗せられてひどい目に遭った人は大勢いた。
それ以降、酒を飲んだときに、例の女給か、あるいは別の「内緒の女」が払っていくこともあったが、大谷自身が金を出すことはなかった。時折、二、三人の新聞記者を連れてきて一緒に飲んでは、難しい知識を並べ立てて煙に巻き、適当なところでひょいと席を立って自分だけ逃げるやり口を何度も繰り返していた。
終戦後は酒の量が増えて言動も粗暴になり、夫婦の店で働いていた女の子をだまして手籠めにすることさえあった。夫婦がもう来ないでくれといっても、強迫がましいことを言って逃げ、次の晩には平気な顔をしてまたやってくる始末であった。
ついに、大谷は夫婦から五千円もの大金を強奪した。来月の仕入れのために置かれていた現金だったが、大谷はそれを目にするや、無言で奪い取って逃げてきたのだ。そして今回の騒動となったわけである。
3.小料理屋を手伝う
大谷は実際に詩人で、雑誌に論文を乗せることもあるが、吹聴するような大層な身分ではなかった。妻の父は以前、屋台を出しており、客としてやってきた大谷と出会った。
外で会うようになって子供が宿り、駆け落ちのような真似をして夫妻ということになったが、籍は入っていない内縁関係のままだった。
子供も父無し児ということになっている。
大谷が妻の元に帰ってくるのは三、四日に一度ぐらい。帰ってくる時は情緒不安定になって震え、眠っているときにはうわごとを言い、呆けたような様子になってはまた出ていくことの繰り返し。
金はほとんど持っておらず、大谷の古い知り合いの出版社の人々にわずかばかりの援助を受け、何とか飢え死にせずに生きているありさまだった。
ひとまず、妻が何とかして後始末をするということで、警察に行くのは一日だけ待ってもらうことにした。とは言ったものの、何の工夫も浮かんでこない。
あくる日、妻は子供とともに一日を外で過ごし、夜になって夫婦の小料理屋へと向かった。
お金が返せそうだという嘘をついて、お金が来るまではここを手伝うということで店に置いてもらうことにした。常連は若い女性が来たことで喜び、その日は店も活気づいた。
4.充実した日々
やがて、三角帽と黒いマスクで仮装した大谷が、きれいな女性を連れて店にやってきた。
金を持ち出した後は知り合いの家に泊まり、翌朝に同伴の女性が営むバーで金をばらまいてパーティーをやった。
いつもは金のない大谷の羽振りの良さをいぶかしんで事情を聴き出した(大谷は隠そうともしなかった)バーのマダムは、警察沙汰になると厄介だと判断して、大谷を説得して小料理屋に案内させた。マダムは大谷が盗んだ金を立て替えてくれた。
図らずも問題が解決した後、妻は残りのつけの清算をするために小料理屋で働かせてほしいと夫妻に頼み、申し出は快く受け入れてもらった。
居場所が出来たことで、妻の生活はそれまでとは打って変わって、胸の中のつかえがとれたような楽しい物になった。
髪も整え、化粧もそろえ、小料理屋のおかみさんから新しい足袋ももらった。父の手伝いで客あしらいや料理にも馴れており、客も少なからぬチップを払ってくれる。
大谷も二日に一度ぐらいは料理屋を訪れ、勘定は妻に丸投げするものの、帰るときは付き添ってくれることも良くあった。大谷がどうしようもない人間であることは変わらなかったが、妻はそれなりに充実した日々を送っていた。
5.したたかに変わっていく「妻」
働く中で、妻はこの店を訪れる者、そして夫妻も皆、犯罪人であるということに気が付いた。1947年当時はまだ酒は配給制であり(解除は1949年)、商売ができる量を手に入れるには闇取引しかなかった。
上品そうな人も水で薄めた酒を高値で売り、夫婦も客も違法であると知りながら酒を売り、飲んでいる。妻は、大谷以上のどうしようもなさを、この世に感じつつあった。ある日、店にやってきた大谷のファンだという若い男が、大谷がいない時の家に泊まることになり、妻は男と一夜を共にした。
翌日には何もなかったかのように店に出ると、大谷は店の中で酒を飲みつつ、新聞を読んでいた。
自分のことをえせ貴族の人非人(にんぴにん)と評している新聞の記事を見て、大谷は金を盗んだのは妻と子供にいい思いをさせたかったためで、そんな自分は人非人ではないと言い訳する。
妻は大してうれしくも思わず、ただ一言「私たちは、生きていさえすればいいのよ」と言った。
6.まとめ
タイトルのヴィヨンとは、15世紀のフランスの詩人フランソワ・ヴィヨンのことである。作中では、電車にヴィヨンに関する大谷の論文が掲載された雑誌の広告が出てくる。
ヴィヨンは中世最大、あるいは最初の近代詩人とも呼ばれているが、その生涯はかなり波乱に富んだものであった。ならず者や売春婦と行動を共にし、乱闘騒ぎで司祭を殺害した上に、窃盗団に参加し、いくつもの罪で投獄された。
恩赦を受けた後も売春宿で強盗傷害事件を起こして死刑判決を受け、後に追放刑になって消息を絶った。大谷はヴィヨンほどではない物の、かなりの放蕩者であり、主人公はまさにヴィヨンの妻といったところある。
大谷の行動を見ると、最初に浮かぶのは「サイコパス(Psychopath:精神病質者)」という言葉である。サイコパスというと殺人鬼などを連想しがちだが、ある種の人格の歪みを持つ人を指す言葉で、犯罪者かどうかは全く別問題である。
サイコパスの特徴としてあげられるのは、表面上は魅力的で口達者、自慢話や華麗な経歴をアピールするが、慢性的に嘘をつき、人をだますことに罪の意識は覚えない。また、衝動的に快楽におぼれる行動をとるが、それに対する責任を取ることはない。
安易に使うのは危険な言葉だが、ダメ人間という以外に大谷を表す言葉としては、近い物があるだろう。
無責任で嘘つきな大谷は人格に歪みを持っているが、主人公はそれなりに好意を抱いている。しかし、店で働くにつれて世の中がマイナスばかりであることに気付き、他の男性と関係を持っても、大谷が嘘とはいえ妻子を気づかうことを言っても、気にすることも無くなる。その心境の変化が、最後の言葉につながっているのだろう。
遊び人の男との間に子供をもうけた女性が、シニカルに、しかし現実的で強い人間に変わっていく部分は、太宰の代表作の一つである「斜陽」の主人公、かず子と似通っている部分もある。
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あらすじに間違いがたくさんあるので、もう一度しっかり読み直した方が良いかと思います。