太宰治 道化の華のあらすじ│人間失格へと続く道
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最終更新日:2023/08/30
太宰治(Dazai Osamu), 恋愛(Love), 文学(Literature), 本(Book)
「道化の華」は1935年に発表された太宰の初期の作品である。
作品の主人公である葉蔵とその友人たちは、いずれも「道化」の振る舞いをし、彼らは教養が高い若者ばかりで、繊細さと高いプライドが同居していることから、道化を演じて傷つくのを防ごうとする動きにつながっているのだろう。
作品中の心中未遂の描写は、太宰が1930年に実際に起こした事件が下敷きとなっており、このときは、一緒に心中した女給のみ死亡したため、太宰は自殺幇助の容疑で検事から取調べを受けた。
文中には随所に作者自身のモノローグが挟まれ、「道化」に対する説明と共感、そしてもっとうまく表現することができないのかと悩む様子がみられる。太宰は当時26歳であり、繊細でガラスのように傷つきやすい性格が見て取れる。
1.心中未遂
一九二九年の十二月の終わりごろ。青松園という海辺にある療養院(サナトリウム)に、大庭葉蔵という若い男が入院していた。
彼は園という女性と心中を図り、袂ヶ浦(たもとがうら。鎌倉市)から身を投げた。葉蔵は漁船に引き上げられて一命をとりとめたが、園は明け方になって浜に打ち上げられているのが発見された。
実家の取り計らいにより、葉蔵は青松園の個室をあてがってもらえた。隣部屋の患者は葉蔵がいることで不思議と安心感を覚えるようになり、眞野という担当看護婦も葉蔵のことを気に入っていた。
2.二人の友人
入院している葉蔵を、中学生時代からの友人である飛騨と、親戚の小菅が訪ねてきた。飛騨は葉蔵に少なからぬ畏敬の念を持っており、葉蔵が芸術から離れて洋書の勉強に道を変えた後でも彼のことを好いていた。
小菅は大学で法律の勉強をしており、葉蔵よりも三つ年下だが、年齢にはこだわらない性質なので分け隔てなく二人と接している。
飛騨と小菅は葉蔵がいない所で昼食を取り乍ら、彼が心中を図った理由について話していた。
葉蔵は左翼思想に走っていろいろと活動していたが、体の弱さがそれについていけなくなったようだ。飛騨はそれ以外にも、本人が自覚していない大きな理由があり、女はただの道連れに過ぎないと推測していた。実際のところは葉蔵本人にしか分からないが、二人はそれについて深く議論することは無かった。
彼らは本気で議論をして、自分や相手が傷つくことを恐れていた。もめ事を嫌い、適当なごまかしの言葉を多く使う。議論の前から妥協地点を見極めているのだ。
3.三人の道化
その日は飛騨も小菅も病室に泊まり、あくる日には葉蔵とバカ話をしていた。やかましく話し、病院全体に響くほど大きな声で笑い、隣の病室にいる女の子のことを冷やかした。それでも、隣室の患者たちは、不思議と葉蔵たちのことを不快に思うことは無かった。
青年たちはよく笑う。どんなことでも大声を立てて笑い転げる。そうやって笑いこけながらも自分たちの姿勢を気にしている。また、人を笑わせるのも好きだが、時には自分の身を削ってでも笑わそうとする。
午後になると葉蔵の兄が見舞いに訪れた。さすがに三人は気まずくなり、葉蔵はここに至ってようやく罪の意識を覚えた。飛騨と小菅は次の日から兄が泊まっている旅館に泊まることになり、その日は引き上げていった
葉蔵は眞野に、自分と兄、そして父との折り合いが良くないことをこぼした。
夜になり、小菅が一人で病室に戻ってきた。
明日は兄が飛騨と共に警察署に行き、葉蔵がしでかしたことの後始末を片付けてしまうことにしたらしい。兄は葉蔵のことを大バカ者と評し、今回の事件は放蕩の末に金に窮したせいではないかとも言っていたようだ。
兄に比して故郷にいる母は葉蔵に同情的で、小菅に着物を持ってこさせていた。
その日は小菅だけが病室に泊まった。眠れない二人に、眞野が以前に自分が体験した怪談じみた話を聞かせてくれた。
4.事件の後始末
あくる日になると、外には雪が降っていた。
葉蔵は雪景色をスケッチし、小菅はその様子を観察した。飛騨は絵を描く葉蔵に惹かれて畏敬の念を持ち、自分も同じような芸術の道を志した。小菅も、口がうまく好色で、時に残忍ささえ見せる葉蔵のことを好いていたが、飛騨と同じような同一化を望むのではなく、あくまで外から見る物として感じている。危険であることが分かったり、大したことが無いと分かったりすれば、すぐに踵を返して安全な側に向かうのだ。飛騨と違って芸術に関わらず、法科に進んだところからも、そうした考え方の違いが見て取れる。
午後には飛騨が警察から帰ってきて、葉蔵が自殺幇助罪に問われることになりそうだと報告した。兄と実家のとりなしによって、恐らくは起訴猶予になるだろうが、その事実はいくら楽天的な学生たちにとっても茶化すには深刻な内容だった。
警察には園の内縁の夫だという人物が、遺骨を引き取りに来ていた。彼は葉蔵のことを恨んでおらず、ただ会いたいと言っていたが、結局は兄が二百円の香典を渡して帰らせた。園の夫はどこかあきらめたような雰囲気をしていたらしい。
飛騨はその様子を思い出して、美談だと評して陶酔していた。
夜が更けたころ、葉蔵の兄が病室を訪れた。
出来ることは全て片付けたので、後は実家にうるさく言われないように手紙を出せと忠告する。葉蔵は明後日に警察で取り調べを受けることになるが、そのときは余計なことは言わないようにともくぎを刺した。
別れ際に、兄は葉蔵の将来について語った。今年はひどい不作で、銀行も危うくなっている。いつまでも家に金があるわけではないので、芸術家でもなんでも、自分で生活を続けていけるようにしなくてはいけないだろう。
5.眞野と道化たち
毎晩騒いでいるのは良くないということで、その日の晩から飛騨と小菅は兄の泊まっている旅館に逗留することになった。
夜になると、葉蔵は眞野に、心中相手の女について語った。銀座のバーの女給で、葉蔵がそのバーに行ったのは三、四回だけだった。心中の理由は生活苦のためで、葉蔵を選んだのは彼が内縁の夫に似ているためだったようだ。葉蔵としてはなぜそんな相手を心中相手に選んだのかはわからなかったが、やはりどこかで好意を持っていたのかもしれない。
葉蔵の方も生きるのに疲れていた部分があった。左翼運動に傾倒していろいろとやったが、実際は柄ではなく、随分と辛かった。仕事ができるわけでもなく、もしも実家が破産でもすればたちまち路頭に迷うことだろう。
葉蔵は、本当は本が書きたかった。無性に書きたかった。
葉蔵の怪我は殆ど直り、退院の日が近づいていた。その日も三人はバカ騒ぎをして、ついに眞野が婦長に呼び出されてしかられる事態にまでなった。ただし、葉蔵たちはあまり応えておらず、眞野が怒られたので文句を言いに行こうと茶化したり、婦長の似顔絵を描いて落書きしたりもしていた。眞野は婦長も看護婦を集めて夜中にカルタをやって騒いだり、医院長の妾だったりするという話をして、随分と怒っていた。
隣室の大学生は、自分もうすぐ退院するということもあり、葉蔵たちには寛容な気にはなっていた。
6.死への思い
葉蔵は飛騨と小菅を伴って、病院のすぐ近くにある心中未遂現場まで案内した、説明をする葉蔵の声には不安な所はなかったが、巧妙に隠していただけかもしれない。
葉蔵は死のうとしたときに、ほっとしたことを打ち明けた。死ねば、借金も、学校も、故郷もどうでもよくなる。それに気が付いたときに、笑ってしまうほどだったと。
まるで自分たちを死に導こうとするような葉蔵の言葉を笑い、病院から砂浜の様子を見ていたパラソルを持った女性患者のことを冷やかした。
退院の前夜には、眞野は葉蔵に対し、自分のことについていろいろと話した。
退院の日の朝に、眞野は病院の裏山に葉蔵を誘った。景色が良く、富士山が見えるらしい。正月には東京に帰るという眞野を、葉蔵は自分のところに遊びに来るように誘った。
その日は、富士山は見えなかった。代わりに葉蔵は、足元にある切り立った崖の下にある海を見下ろした。
7.まとめ
「道化の華」は太宰の初期の作品で、発表は1935年である。主人公である「大庭葉蔵」は太宰の代表作の一つであり遺作となった「人間失格」の主人公と同じ名前だが、心中未遂をして入院するというエピソード以外には特に共通点は無い。
この作品および人間失格の心中未遂の描写は、太宰が1930年に実際に起こした事件が下敷きとなっている。このとき、太宰はカフェの女給・田部シメ子と、鎌倉の小動(こゆるぎ)岬(みさき)で心中未遂を起こした。ただし、このときの方法は入水ではなく、睡眠薬の大量服薬によるものである。
シメ子のみ死亡したため、太宰は自殺幇助の容疑で検事から取調べを受けたものの、兄たちの取り計らいと根回しによって起訴猶予となった。
今作の舞台となっている青松園は、心中未遂の際に太宰が入院した七里ガ浜にある恵風園というサナトリウムがモデルとなっている。なお、サナトリウムは結核患者のための療養所だが、このときの太宰は結核を患っていたわけではない。
この作品と人間失格は「道化」というテーマが共通している。これは真剣な場でも、わざとふざけた、あるいはおどけた態度をとることで、状況には真剣に向き合わず、場の雰囲気が重たくならないように取り計らう態度のことを表している。その目的は事態や話題に真剣に向き合うことで生じる衝突により、自分が傷つくことを防ぐことである。
葉蔵と飛騨、小菅ら三人の若者は、いずれも「道化」である。彼らは三人とも教養が高い若者ばかりで、繊細さと高いプライドが同居していることが、道化を演じて傷つくのを防ごうとする動きにつながっている部分が見受けられる。
対照的に看護婦の眞野は、彼らと年が近いにもかかわらず、道化をすることなく真正面から物事に取り組んでいるイメージがある。これが看護師として世の中で働いているという眞野の立場と、学生や芸術家といった浮世離れしている葉蔵たちとの違いによるものか、それとも男がいつもバカであるという証拠であるのかまではわからない。
この作品では各所に作者自身のモノローグが挟まれる。多くは主人公たちの「道化」に対する説明と共感、そしてもっとうまく表現することができないのかと悩む様子である。
作品発表時の太宰治は26歳で、葉蔵たちよりも少し年上とはいえ、かなり若く、生来の繊細さを持ち続けている時期であったことは想像できる。
この作品内では、葉蔵は一度死にかけたとはいえども、心配してくれる実家と友人がおり、まだ見捨てられているわけではない。このため、まだ人生には先があることが予見できる。
主人公の名前と設定の一部を受け継いだ「人間失格」は、主人公はより退廃的で孤独な状態で、彼の人生はこの心中未遂以降は悪化の一途をたどっていくことになる。まさに人生の終焉を見る気分になる。
この作品を書き上げた直後に、太宰は再び心中事件を起こし、人生に幕を引いた。二つの「道化」作品の差は、執筆した際の太宰治本人の若さと人生の様子に由来するのかもしれない。
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