ベネチアングラスとは。ムラーノ島を中心に1000年の歴史を持つベネチアの栄華の象徴

ベネチアングラスはベネチアのムラーノ島を中心に作られる工芸品で、4000年前の紀元前のシリアでの生産を起源としています。

歴史に翻弄された職人達がムラーノ島に徐々に集まり、ベネチア政府の庇護の下で世界的な名声を得るまでになるその過程、骨董市等でベネチアグラスを手に入れる方法、そしてベネチアグラスの製造工程を紹介します。

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1.ベネチアングラスとは

ベネチアングラスは、イタリアのベニスで作られるガラス工芸品で、主に、ベニス本島の北東にあるムラーノ島で作られています。
ベニス(Venice)はイタリア北東部ヴェネト州の州都で、ベネチア(Venezia)と呼ばれることもあります。英語ではベニス、イタリア語ではベネチアです。

ベニスの人口は26万人ですが、毎年2000万人の観光客が外国から訪れます。東京都の人口が1300万人で、平成28年の外国人観光客が1300万人であることと比べると、いかにたくさんの観光客が訪れているかというのがわかるかと思います。

ベネチアングラスの特徴は、ガラスを細く引き伸ばしたり、極限まで薄くしたり、様々な色を丁寧に付けたりして、動物や花など様々なモチーフを題材にしながら、細部にわたり精巧な形状をカラフルに仕上げることです。

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2.ベネチアングラスの歴史 ムラーノ島に職人たちが集まっている理由

ベネチアングラスは、実は古代から生産されていたことがわかっており、その歴史はなんと、4000年前にさかのぼるとも言われています。

シリアに起源を持ち、もともと地中海周辺で行われていたガラス生産は、古代ローマ時代の紀元前1世紀から西暦3世紀にかけて飛躍的に技術が発達しました。さまざまな装飾が施された美しいガラスの器や杯が、この頃の地中海周辺の遺跡や墳墓から数多く発見されていることからわかっています。

ベネチアでのガラス生産について触れられた最初の古文書は982年のものです。

 Photo by Thomas Cloer

1082年、コンスタンティノープル(今のトルコのイスタンブール)を首都としていたビザンチン帝国(東ローマ帝国)皇帝アレクシオス1世コムネノスは勅令によって、ビザンチン帝国とベネチアの商業レベルでの交易を認め、これをきっかけに、ベネチアは貿易立国としてヨーロッパの強国となっていきます。
こうした世情を背景に、ベネチアには早くからシリアなど東方のガラスに関する最新技術がもたらされていました。

1204年に東ローマ帝国が第四回十字軍により実質的に滅ぼされると、逃げ出したガラス職人の中にはベニスにたどり着いた者もいました。

1291年にベネチア政府が発布した法令により、ベネチア本土にあったガラス工房はすべて破壊され、ガラス職人は全員ムラーノ島へ移されました。
この強制移住を、ベネチア政府が世界的に有名になりつつあったガラス工芸技術の秘密を他国から守るために実施したと書いている文献もありますが、実際には16世紀になってからベネチア政府はそのような目的で移住を実施しています。
13世紀のムラーノ島へのガラス職人たちの強制移住の本当の理由は、高温を要するガラスの制作工程で市内で火事が絶えなかったのが原因なようです。
こうして、現在に至るムラーノ島のガラス工芸の歴史は始まりました。

1453年にオスマン帝国が、首都コンスタンティノープルを陥落させ東ローマ帝国を完全に滅ぼすと、さらに多くのガラス職人がベニスへと避難してきました。

この1450年頃から、ムラーノ島におけるガラス工芸はその後に続く名声の基礎となる技術を獲得し、大きな発展を遂げます。その中心にいたのが、代々ムラーノ島でガラス工房を構えるバロヴィエール家(Barovier)のアンジェロです。
アンジェロ・バロヴィエールによって、ベネチアのガラスは比類ない純度を保つ、文字通り芸術品になり、彼のもとには、イタリア中の貴族から注文が殺到したと伝えられています。

そして16世紀、ベネチアングラスは最盛期を迎えます。
15世紀にアンジェロ・バロヴィエールが築いた洗練された技術、広範な材料の知識によって、ガラス工房はそれまでよりもさまざまな選択が可能になり、美しい作品が次々に生まれました。
ガラスの厚みはどんどん薄くなり、ヨーロッパの富裕層の食卓やサロンを飾るのに相応しい質を誇るようになりました。

ベネチアは貿易立国であったために外交に優れた国であったことはよく知られています。
そのため、スパイや諜報活動の歴史もベネチアを抜きには語れません。その伝統はガラス職人のあいだにも浸透していたようで、16世紀には各ガラス工房の秘密を盗むスパイも生まれたと言われています。近代の「産業スパイ」という概念が、16世紀のムラーノ島には存在していたのです。

また、ベネチア政府は行政指導が徹底していたため、ガラス職人や工房が新たな技術や製法を考案すると、独自のものとして承認し保護しました。これは、特許のようなもので、ある一定期間は考案した職人および工房の専売特許として認め、期限が切れるとその技術は一般公開されて他の工房でも使用可能でした。

さらに、ベネチア政府は名のあるガラス職人たちの他国への移動や技術の輸出を禁じていました。
ベネチアの貴族の名が記される「黄金の名簿(Libro d’oro)」が19世紀に出版される前に、1605年には、ムラーノ島の黄金の名簿(Libro d’Oro of Murano)が作られ、著名なガラス職人が掲載されるようになりました。
ベネチア共和国において、経済界におけるガラス工芸品が占める割合が高く、ガラス職人の地位がいかに高かったかがわかります。

20世紀に入ると、古典的な意匠を維持してきたムラーノ島のガラス職人たちもコンテンポラリーアートの要素を取り入れるようになりました。
数世紀にわたって培われてきた技術をもとに新たな芸術を開拓した職人たちの作品は、ユニークでモダンであり、その名声をさらに高めることとなりました。

1982年には、ベネチアでのガラス生産について最初に触れた982年の古文書から1000年が経過したのを祝って、ベネチアで祝典が開催されました。

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3.ベネチアングラスが登場する骨董市や展示会など

ベネチアングラスを現地で手に入れられる可能性のある骨董市は、カンポ・サン・マウリツィオ広場(campo San Maurizio、住所:Via S. Maurizio, 30100 Venezia VE, Itally)で行われるもの(mercatino campo san maurizio)が有名です。
1970年から始まったこの骨董市では、1600年代から1900年代のアンティークの掘り出し物が見つかることでも知られています。

ただし、この骨董市の開催は週や月単位の定期的なものではありません。
毎年春の復活祭、6月初旬、夏が終わる9月の終わり、10月の終わり、そして12月8日の祝日に合わせて開催されます。

また、毎年1月にパリで開催される商品フェア「メゾン・エ・オブジェ(MAISON & OBJET)」に、ベネチアングラスのいくつかの工房が毎年参加しています。
国際的にも知名度が高いこの見本市では、ベネチアングラスは常に称賛の的で、高い技術だけではなく芸術性も評価されてきました。職人たちにとっても、この見本市での評価は大きな励みとなっています。

見本市には、食器、家具、昭明、彫刻などインテリアの商品が数多く展示され、ムラーノ島だけではなくヴェネト州の行政も、これまでこの見本市への参加を後押ししてきました。
参加する工房は、エルコレ・モレッティ(ERCOLE MORETTI)、フラテッリ・トーゾ(Fratelli Toso)、ナゾンモレッティ(NasonMoretti)、セグーゾ・ジャンニ(Seguso Gianni)、ティオッツォ・セルジオ(Tiozzo Sergio di Claudio Tiozzo)など一流の商品を生み出す工房ばかりで、いずれも伝統的な意匠にこだわらず、モダンなインテリアにも合うような近代的な作品が出品されています。

4.ベネチアングラスが完成するまで

ベネチアングラスは、地中海地方のガラス工芸の伝統に忠実に、ナトリウムを材料に生産されます。
ガラスの中心成分であるシリカ(SiO2)と呼ばれる砂状の物質に、低温で溶解しやすいようにソーダ灰(炭酸ナトリウムNa2CO3)を加えて作られます。

一般的に、ガラスを溶けやすくするには3つの材料があり、ソーダ灰、炭酸カリウム(KCO3)または炭酸リチウム(LiCO3)を用います。
その中で炭酸リチウムが最もガラスを溶けやすくしますが、貴重で高価なので、原料として用いるのはあまり経済的ではありません。炭酸カリウムのガラスを溶けやすくする効果はソーダ灰に劣りますが、ガラスに透明感や光沢を与えるので透明な作品を作るのには向いています。最後にソーダ灰は手に入りやすく、ガラスを溶けやすくする効果も高く、最もポピュラーに利用されています。

例えば北欧のガラス工芸では研削や切り込みが多く、光沢や艶を出すので、炭酸カリウムが欠かせません。ベネチアングラスのようなカラフルな色使いをするガラス工芸にはソーダ灰が向いているのです。

 北欧スウェーデンのガラス製品(photo by pixabay)


ベネチアングラスの様々な製品

ガラス制作は、原材料の混合から始まります。
原材料の混合は通常、夕刻から開始され、熟練の技を要する混合の調整は時には夜を徹して行われます。シリカとソーダ灰の他、ガラスの状態を落ち着かせる炭酸カルシウム、硝酸塩、ヒ素、着色料などが混ぜられますが、目的によって材料は変化します。

着色料として酸化鉄を添加すれば緑の発色を得られワインボトルなどに、コバルトは深い青、硫化カドミウムは黄色、硫セレン化カドミウムは明るい赤からオレンジ、金は明るい赤、過マンガン酸ナトリウムは暗い紫といった具合に、着色料として添加するものには様々な種類があります。

ソーダ灰(炭酸ナトリウム;NaCO3)はガラス中では酸化ナトリウム(Na2O)となり、これが材料の中に多いほどガラスは時間をかけて凝固します。一方で多すぎるとガラスの耐久性が急激に落ちてしまいます。そのため、手作業でガラスを形成するベネチアのガラス職人にとっては材料の混合は非常に気を使う、重要な工程です。

材料の混合物を1400度の高温で溶解させるところまでがベネチアングラス制作の上での第一工程となります。現在では、形成を担当する職人たちが朝工房にやって来るときには、すでにガラスは溶解されて形成を待つばかりとなっていることが多いです。

第二工程では、溶解したガラスを形成する作業となります。
ガラスの形成のためには、少なくとも500度を保持しなくてはなりません。そのため、マエストロと呼ばれる熟練の職人と見習たちがチームとなってこの作業に当たります。形成したガラスは、冷却されてサンディング(研磨)されます。

最後に切り込み細工を行う場合は独立した別の工房で施されます。またガラスにエナメル加工が施される場合は、専門の工房を構えるプロに任せるのが一般的です。
ガラスのエナメル加工とは、ホーロー加工のことでガラス質の妙薬を高温で焼き付け、半透明、透明や不透明などのさまざまな色を鮮やかに長持ちさせるために使います。

ベネチアングラスは複数の職人たちの手を経て、豪奢な作品に完成するのです。

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