恩田陸 蜜蜂と遠雷のあらすじ│4人のコンテスタントそれぞれの心情と背景そして演奏

恩田陸の「蜜蜂と遠雷」は、国際ピアノコンクールで、4人の出場者(コンテスタント)を中心とした、多くの才能あるピアニストたちによる青春物語である。
予選から本選までを戦い抜きながら、ある者は過去を克服し才能を呼び覚まし、ある者は才能を誇示し、またある者は自身の身の丈を知る。
各出場者の個性的な演奏は、恩田陸の文章によって会場に迷い込んでしまったように鮮やかに表現されている。

また、この小説の中の「芳ヶ江国際ピアノコンクール」は実在せず、演奏の間に描写される街の様子から静岡県「浜松国際ピアノコンクール」あたりがモデルでは、といわれている。

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1.エントリー

この章では、メインとなるコンテスタント4人が登場する。
コンテスタントとはコンテストに挑戦する出場者という意味である。

3年ごとに開催される芳ヶ江国際ピアノコンクールは第6回を迎えていた。
このコンクールでの今までの優勝社は、のちに成功への階段を上ってきたことで知られており、注目度が高い。
コンクールに参加するためのオーディションは、世界5か国で開催される。

パリでのオーディションに遅れてきた1人目のコンテスタント風間塵(かざま じん)は、養蜂家の息子で、父親はフランス中を採密をし移動しながら生活している。
移動生活のため自宅にピアノはなく、オーディションには何の飾り気もない服装で登場し、クラシックのピアノをまるで違う印象に変える野性的な弾き方をして、風のように去っていった。

実績のない風間塵がオーディションに参加できたのは、故人となった大音楽家ホフマンに見いだされ師事し、彼が亡くなる前に推薦があったからだ。
音楽家の推薦状に書かれてある「風間塵」=「ギフト」とは、いったい何を指して言うのか。

2人目の「コンテスタントは、かつて天才少女としてクラシック界にデビューした栄伝亜夜(えいでんあや)である。
13歳で母親の死去によりピアノを弾き続ける気力がなくなり、コンサート当日本番直前でドタキャンした過去を持つ。
以来、表舞台にはでていないが、音楽大学の教授に見いだされてピアノを再開し教授の推薦で仕方なく、コンクール出場を決めた。

(photo by pakutaso)

3人目の高島明石(たかしまあかし)は、音大を卒業し、音楽家を目指していたものの自身の才能に限界を感じ断念していた。今は大きな楽器店に勤めている。
コンクール出場の最高年齢となった明石は、最後の記念にと出場を決めた。
才能のない自分にしか弾けない、庶民の音楽があると信じていた。

4人目のマサル・カルロス・レビィ・アナトールは、風間塵の師・ホフマンの流れを継いでいるナサニエルが育てており、自信、実力、容姿ともにナンバーワンの天才ピアニストである。
フランスの貴族の血筋の父と、日系三世のペルー人の母を持ち、アメリカのジュリアード音楽院に在学中で、来日し、コンクール地の芳ヶ江に入ると、毎朝のジョギングをしながら今までの人生を思い起こす。

それぞれの思いを胸に、芳ヶ江国際ピアノコンクールの幕が上がる。

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2.第1次予選 顔合わせ

第1次予選は5日間で100人近いコンテスタントが登場する。演奏の持ち時間は一人20分で、3つの課題を組み合わせて演奏する。

高島明石は、コンクール初日の最後に演奏する。
社会人となってからコンクールに出場するためには、練習時間や練習場所の確保に苦労することになる。明石は、かつての恩師や勤め先に頼んで、練習をしてきた。
明石の演奏は、主張があり説得力のあるものだった。審査員にも快く受け止められた。

2日目に優勝候補のマサルが登場すると、会場はざわめき、スターとしての存在感を示した。長身でスーツを着こなすマサルは、映画スター並みの見栄えであった。
演奏も観客を魅了し、観客はマサルのピアノに恋をした。

予選最終日に、風間塵が登場した。
演奏前の調律では、妙な注文をして調律師を驚かせる。
そして、自然児のごとく登場した彼の演奏は、まさに自然の中のピアノ。テクニックを超えている演奏に審査員は驚く。

最後に栄伝亜夜が登場する。過去のドタキャン演奏会から世間はまたドタキャンするのでは、なぜ今になって出てくるのかと心無い噂をしている。その噂をじかに聞いてしまった亜夜は沈んでいたが、風間塵のピアノに励まされ、自分を見出す。

栄伝亜夜の登場に、マサルは驚く。かつて自分にピアノを勧めてくれて1ヶ月ほど一緒にピアノ教室に通った少女は、彼女だった。終演後に、二人は再会を喜ぶ。

第1次予選通過者24名は、終演後のロビーで発表された。その中には、風間塵、マサル、明石、栄伝亜夜もいた。

3.第2次予選 個性の共鳴

3日間で24人が登場し、ひとり40分の持ち時間内で3つの課題を演奏する。その中でも、審査員である菱沼氏が作曲した「春と修羅」のカデンツァが注目される。
カデンツァとは、即興演奏である。

誰にも教えを乞うている身ではない高島は「春と修羅」に独自の解釈をして、カデンツァは宮沢賢治の有名な詩の一節をメロディにして取り込んだ。その言葉の音を、風間塵は聴きとった。

(photo by pixabay)

第2次予選2日目の朝、マサルは、朝のジョギングをしながら、カデンツァは「余白」でいこうと決める。「春と修羅」の舞台に余白の美を描きだそうと決めるのである。
「余白の美」とは日本の坪庭や茶室のような、小さな空間に宿る大きな美しさを表現することだ。音で説明しすぎずに、聴衆の想像をかきたてるような演奏をした。

風間塵の演奏の根本にあるのは、師・ホフマンとの約束である。それは、音楽を自然の中に、本来あるべきものの場所に、外に連れ出すことである。
風間塵のカデンツァは、修羅を表現した激しいものだった。

栄伝亜夜は、風間塵のカデンツァを聴いて、返歌ともいうべきカデンツァを演奏する。風間塵のピアノによって、栄伝亜夜は日々成長していった。

マサル、風間塵、栄伝亜夜の3人は、第2次予選を通過、第3次予選に挑むこととなった。
高島明石は、第3次予選に進めなかったが、やりきった感に晴れ晴れとした心持ちだった。
自分は「あちら側の人間」ではないことを悟り、高校時代の友人で、テレビ記者をしている仁科正美に「番組を盛り上げられなくて申し訳ない」と言った。
仁科は、高島を主人公としたドキュメンタリー番組を企画・制作していた。

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4.第3次予選 ギフトとは

第3次予選前の1日の休みに、マサル、風間塵、栄伝亜夜、栄伝亜夜の応援で演奏者の奏(かなで)の4人で海を見に来ていた。3人は、コンテスタントとも思えぬ落ち着きぶりで、奏はタイプの違う天才達を見て奇跡のように思った。

第3次予選は2日間で12名が1時間の演奏をし、自由なリサイタルを構成する。

マサルは、ずっと新しいクラシックを作りたいと思っている。クラシックの作曲家が自分で作った曲を自分で演奏してきたように、ピアニストであり作曲家でもありたい。
1日目の4番目に登場したマサルの演奏は、鍵盤をたたくように激しい曲で始まり、物語を紡ぐような壮大な曲となり、最後はショパンのワルツでシンプルに終わる構成であった。演奏が終わると、聴衆の拍手がなりやまなかった。

この演奏を聴いていた栄伝亜夜は、マサルと風間塵は、全くタイプの異なる天才だと感じた。マサルは、理解できるタイプだが、風間塵は理解を超えたタイプなのである。

風間塵はこの日、滞在している生け花店の店主の生け花を見て、花を切って活けるスピード感を教えられていた。花も音楽も、自然のものという点では同じ。音楽を外に連れ出したい風間塵は、マサルが演奏を終わった時もまだ、方法を探していた。

2日目になり、風間塵が登場する。
審査員たちは、風間塵の登場に内心身構えていた。

2日目の最初と次の2人の韓国からのコンテスタントの演奏を聴き終え、風間塵は空気を吸いに外に出る。

外は風がなく、雨が静かに降り注いでいた。
そして、遠い場所で雷が鳴っていた。
冬の雷を聞き、何かが風間塵の胸の奥で泡立つのを感じた。

養蜂家の息子である風間塵が聞いた遠雷である。

風間塵はトランス状態になり、いつのまにか舞台の袖にいた。次が自分の出番だった。
演奏では、曲をクリアしながらも観客ごとホールを大自然の中に連れ出したような、独創的なアレンジをして見せた。
審査員でホフマンの数少ない弟子のナサニエルは、たいていのピアニストが作曲家の意図に沿って自分を表現するのに対し、風間塵の演奏は、自分の世界に曲や聴衆を引きこんでしまうと感じる。遠くまで広がる野原の情景が頭に広がるのである。
「ホフマン先生、あなたが目指していたのはこれですか?」
そう気づいたのである。

栄伝亜夜は、風間塵の演奏を聴きながら、忘れていた自分自身を思い出す。
自由に自己表現し、いつまでもピアノを引き続けていたかった自分。
野原を楽しく走り回るような感覚。
そして涙が頬を伝い、溢れだして止まらなくなった。

最後に演奏した栄伝亜夜は、風間塵の演奏によってまたも才能が開花していた。
マサルは、栄伝亜夜が弾くショパンを聴き、嫉妬心を感じる。それは明らかに風間塵の影響を受け、人生に絶望する前の闊達な彼女らしさが戻っていた。
完全なる天才ピアニストの復活だと、誰もが確信した。もう、栄伝亜夜をドタキャンしたピアニストだとは思わない。

風間塵はギフトだというホフマン氏の言葉。それは、例えば栄伝亜夜にとっては自身を成長させてくれるキッカケだった。審査員の三枝子にとっては、新しい才能や感動というものだった。
天才は天才によってしか、影響を与えられないのである。

第3次予選の結果、マサル、風間塵、栄伝亜夜を含む6人が選出された。
「春と修羅」の演奏が認められ高島明石には、日本人作曲家演奏賞である菱沼賞と奨励賞の受賞が知らされた。

5.本選 それぞれの道へ

本選は、2日間にわたり行われる。6人それぞれがオーケストラと1曲演奏する。曲目は指定の27曲から1曲を選ぶ。

もうこのコンクールで演奏することがない高島明石も、これからは音楽家として活動していこうと決めて、舞台のピアニストたちを見守っている。

(photo by pixabay)

指揮者の小野寺正幸は、一度もオーケストラと共演経験のない風間塵が、本選前日のリハーサルから細かい指示を出し、自身の楽団がいつもと全く異なる演奏をしているのに度肝を抜く。

第1日目の3番目に演奏したマサルは、オーケストラに愛されていると実感しながら演奏した。
第2日目の2番目に演奏した風間塵は、オーケストラの響きを最大限に生かしつつ、音楽を自然に連れ出す演奏をした。
人間は自然の音の中に音楽を聴き、それが譜面となり、曲となる。しかし、いつものように風間塵は、曲を自然へと還元し、音楽を自然の世界へと返している、と、栄伝亜夜は感じた。
コンクールのオオトリ栄伝亜夜は、ピアニストとしての自分を取り戻しつつ、演奏に挑む。
この世界は音楽で溢れている。そのことを風間塵は伝えているのではないか。そして自分はそれを表現できたのではないかと感じた。

芳ヶ江国際ピアノコンクールという経験を経て、それぞれがそれぞれの望む未来へ、ピアニストとして歩んでいく。

(最後に審査結果が発表され、第1位はマサル、第2位は栄伝亜夜、第3位に風間塵の名前が記されていた。)

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6.まとめ

恩田陸の「蜜蜂と遠雷」は2016年に出版され、2017年の第157回直木賞及び第16回本屋大賞をダブル受賞した作品である。また、本屋大賞の受賞は、第2回「夜のピクニック」以来二度目。

小説の中には、たくさんのクラシックの曲が登場する。知らない曲があっても、文章から演奏がイメージでき、楽しんで読むことができる。曲に興味があるという方には、課題曲を集めたCDも出ている。

ホフマン氏の述べた「風間塵=ギフト」とは、一体どういうことであったのか。
ホフマン氏は、風間塵こそ音楽のあるべき姿であると言いたかったのか、それとも、音楽の主流派の日常に花を添えるエッセンスや、スペシャルな日の贈り物のような、ちょっとしたスパイスと考えているのか

また、コンクールでは風間塵は優勝しなかったが、ホフマン氏の弟子を含む審査委員たちは、ホフマン氏の生前の想いを受け止めて審査したのであろうか。
それとも、正統派のマサルを優勝させることが、自分達や常識的な音楽界の慣習として正しいことを信じて疑っていないのであろうか。

少なくとも、天賦の才能や個性とは、それまで世の中に存在した一つの決まった型にのみ収まるものではないであろう。

恩田陸は、音楽という音の出る題材を、音も出ない紙面でち密に表現している。
音を文章で表現するということは、想像以上に難しいことだろう。
ピアノに携わっている方もそうでない方でも、想像力がかきたてられ、コンクールのホールで一緒に聴いているように思えてくる。
自然児の演奏、スターの貫禄、天才少女の復活、社会人音楽家の誕生、と4人のコンテスタントのストーリーが書かれている。本は分厚いが、その分感動と贈り物をたくさんもらえる一冊である。

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