有吉佐和子 不信のときのあらすじ│男と女のだまし合い

有吉佐和子の不信のときは、1967年に書かれた小説で、有吉佐和子にしては珍しく、男性が主人公の物語である。

不倫をして子供を作った男たちが、最後に大変な結末を迎える物語で、男性にとっては恐怖の結末を迎えるのではないだろうか。
また、読み終わっても解けない謎が残り、貞淑で自分を愛していると思っていた女たちが、実はこっそり他の男と、、、という疑念を払しょくできない。自分が都合よく楽しんでいると思っていたのに、実は自分が利用されていたのではないか。。。そんな、女たちのしたたかでずる賢い面が楽しめるのである。

この作品は、テレビでも何度もドラマ化され、アメリカのケーブルテレビでも放送されている。それだけ、人々の関心の高いテーマを扱っているのではないだろうか。

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1.浅井義雄の周辺

浅井義雄は四十二歳、二流商社の宣伝広告部でデザインを担当している。四歳年下の妻の道子とのあいだに子供はない。

道子は、度重なる浅井の浮気に苦しみ、夫の気持ちを惹きつけるために朝から濃化粧に励み寝室をピンク色で埋めている。子供がいない無聊(ぶりょう)を託(かこ)ち、先祖が大名の奥右筆(おくゆうひつ)であったことを恃(たの)み、自宅で書道指南をしている。
浅井のデザインに、道子が書を加えることもあり、今のところ夫婦仲は安定している。道子は、自宅とは別に都内に書道教室を持ち、日展の入選を目指している。

浅井は会社の取引先である美術印刷会社の社長、小柳幾造と昵懇(じっこん)で、お互いの秘密を打ち明けられる仲である。会社の仕事とは別に、浅井は小柳の会社にデザインを納め小遣いを稼いでいる。

ある夜、浅井は銀座のバー「ジョルダン」の女、マチ子と一夜をともにする。遊女のような長襦袢で浅井に迫る妻道子と比べて、マチ子はしっとりと地味で、浅井はなんとなくマチ子に惹かれるようになる。

女性週刊誌を読みあさり、夫にスタミナをつけるために朝から牛肉を食べさせたがる道子と違い、マチ子は浅井に純和風の手料理を振る舞う。そして、酒を飲まず酔っていない浅井に抱いて欲しい、と訴える。

迷惑をかけないから浅井の子が欲しい、と訴えるマチ子に、浅井は妻の道子に欠陥があり夫婦には子供がいないことを伝える。しかし、浅井は四年前の浮気で、一人の女を身ごもらせていた。それでも浅井はマチ子の思慕をいじらしく思い、自分の子供を産め、とけしかける。

ある日、小柳は浅井夫婦を食事に招待する。小柳は自ら枯れた老人を演じ、浅井と飲み歩くバーで女たちは道子をはやしたてた。有頂天になった道子は夫に「愛している」という言葉を迫る。浅井は、「子供さえ産んでくれれば完璧だよ」と言い、道子の酔いは一気に醒める。そして、夫に対して不信を抱くようになる。

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2.マチ子とマユミの妊娠

マチ子とはその後も何度か関係を持った浅井はある日、彼女の健康状態に疑惑を抱く。果たして、マチ子は計画通りに妊娠したのだった。困惑する浅井に、マチ子は浅井の家庭に迷惑をかけないから産ませてくれと懇願する。過去に、何度か不幸な恋の経験を持つマチ子は、男には将来を頼まず自分だけの子供を産んで育てたいという。

妻の道子は、夫の「子供さえ産んでくれれば完璧だよ」の一言から、なんとしても子供を持つことを決心し、また、それまでは主婦の片手間であった書道でも一家を立てようと力を入れはじめる。

一方、還暦の小柳は場末のヌードスタジオの女マユミにぞっこん惚れ込んでしまう。自らの生命力の証明として、マユミを身ごもらせて自らその子を取り上げたいと切望する。小柳老人の生への執着を見た浅井は、マチ子に自分の子を産ませることを決心する。マチ子は、出産のために弟のいる故郷静岡県の清水に一時的に引っ越すと浅井に告げる。

清水に戻ったマチ子は、「米倉路子」という本名で浅井にしきりに手紙を送るようになる。会社宛にくるその手紙を、浅井はロマンティシズムに浸りながら読み、その返事も甘いものになる。

そして、小柳老人も見事にもくろみ通りマユミを身ごもらせる。老人は驚喜し浅井を誘って祝杯を挙げるが、マユミは生みたくないと言い張る。小柳老人に懇願されて、浅井はマユミに子供を産むように説得する役を任されるのだが、マユミの傍若無人ぶりに憤慨しマンションを出て行く。

浅井を悪役にした小泉老人は、三千万の生命保険をえさにマユミに改めて懇願し、マユミは生んだあとのことは責任を持たないことを条件に出産を承諾する。

浅井は一人で水割りを飲みながら、出産というひとつのことをめぐる女たちの態度を反芻する。浅井には、今でもマチ子が子供を切望する理由がわからないのだ。しかし、子供が生まれたら浅井のことを「おじさん」と呼ばせると書いてきたマチ子に、浅井は断固「お父さん」と呼ばせると返事に書く。そして、小泉老人にだけはマチ子との秘め事と子供ができたことを打ち明ける。マチ子が出産の際は、小泉老人に旅行に誘ってもらったことにして清水まで行くつもりであったからだ。小泉老人は快諾するが、浅井の話を聞き、マチ子の聞き分けの良さに危惧を覚える。

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3. マチ子の出産

浅井は課長から部長への昇進が決定し、道子もそれを弾みに日展への入選を夢見るが結果は落選。落ち込みながらも気丈に振る舞う道子を不憫に思い、浅井は妻に寄り添うように連休を家で過ごしているところに、マチ子の弟からマチ子が女の子を出産したという連絡が入る。

(photo by pixabay)

浅井はマユミのマンションに入り浸っている小柳老人にアリバイを頼み、清水にいるマチ子のもとに向かう。文化の日に生まれた女の子は、事前に浅井とマチ子が決めていたとおり「文子」と名づけられた。はじめて自分の子として生まれた女児を腕に抱いても、浅井はすぐには実感がわかなかった。しかし、清水に一泊し翌日ふたたび抱いた文子の感触と表情に、浅井は父親になった喜びをかみしめる。

東京に戻り、現実に戻った浅井は、後ろめたさで道子に上等の寿司を持って帰宅する。道子は、胃の具合が悪いと言いながら浅井の持って帰った寿司をきれいに平らげる。

4. 道子の妊娠

部長昇進を目前にした浅井は多忙な日を送るが、文子のことが頭から離れずしじゅう子供服売り場やおもちゃ売り場に足を向けるようになる。

そんなある日、道子から会社にいる浅井に電話が入る。なんと道子は結婚15年目にして妊娠したのだという。結婚して15年、子供ができなかった浅井は、道子のほうに肉体的欠陥があると思いこんでいたのだ。それが、38才にして道子は身ごもる。浅井は喜ぶよりも驚愕し、困惑していた。もし、マチ子より先に道子が妊娠していたら、浅井は妻ではないマチ子に子供を産ませることはなかったであろうと思い、運命の皮肉に頭を抱える。

妊娠4ヶ月の道子は、食欲も性欲も減退し、子供と将来のことばかり考えるようになる。自分は書道家として仕事を続けたい。そのための仕事部屋、子供部屋、お手伝いさんの部屋の確保のために、家の増築を考えるようになる。

道子は悪阻(つわり)がひどく、浅井は折り合いの良くなかった姑を呼び寄せることにする。浅井は、それまで頻繁に書いていたマチ子への手紙も、道子の妊娠を気に滞らせるようになった。それでも、マチ子は成長する文子の写真を頻繁に浅井に送り続けた。それに対し、浅井は現金書留だけを送って応える。

部長に昇進した浅井は、家庭での鬱屈を忘れるかのように仕事に没頭し、それまでの穏やかな仕事ぶりの浅井しか知らなかった部下たちを驚かせる。
道子は相変わらず嘔吐が止まらず、家の中にはつねに臭気がつきまとう。呼び寄せた母親に甘え、道子は増築のために足りない資金の調達を浅井に頼むありさまだ。
3ヶ月が経ち、道子が胎動を感じ、家の増築が終わる頃に、ようやく悪阻が収まり道子の食欲は猛烈なものになった。

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5. マチ子と文子の上京

道子の出産を2ヶ月後に控えた頃、マチ子は5ヶ月になった文子を抱いて上京する。手紙の返事も出さず出迎えにも来なかった浅井に業を煮やし、マチ子は浅井の自宅に電話をしてきた。浅井は観念して、マチ子のアパートに赴き、かわいらしく成長した文子と再会する。出産し美しくなったマチ子ともよりを戻し、浅井は久々に自宅の喧噪とは異なる静穏をマチ子のアパートで味わった。

(photo by pixabay)

花祭りの日、小柳老人からマユミが女の子を出産したという喜びの電話が浅井にかかってくる。小柳老人は感激のあまり、浅井を呼び出して祝杯を挙げた。

一方、臨月に入った道子はひたすら食べ続け、母親にすべてを頼り切っている。その増長ぶりが浅井には憎らしい。
5月2日、出産日を3日後に控えた道子を家において、浅井はまもなく生後半年を迎える文子のお食い初めのためにマチ子のアパートに向かう。マチ子は、将来は清水に戻り文子を育てながら自力でおにぎり屋さんを開きたいと語る。

6. 道子の出産

その夜、深夜に自宅に戻った浅井は道子の唸り声で目を覚ます。陣痛がはじまったのだ。はじめて陣痛を目の当たりにし、浅井は動揺するが五人の子供を産んだ道子の母親は動じず、淡々と出産に向けて準備をする。

夜が明けると、浅井一家はタクシーを呼んで病院に向かった。10時を過ぎた頃、道子は4千グラムもある男の子を出産する。興奮冷めやらない浅井は、道子を見舞いねぎらったあと、マチ子のアパートに直行して日本酒をあおる。そしてはじめてマチ子に、道子の妊娠・出産を告げる。はじめて事実を知ったマチ子は、強い怒りを感じる。

5月3日の憲法記念日に生まれた男の子は、「浅井義道」と名づけられた。世間的にも公表できる義道のもとには、浅井の会社関係や道子の書道関係の多くの人から山のような祝いが届けられる。小柳老人からはなんと、ランドセルがお祝いとして届けられた。浅井は、長男の誕生を喜びつつも、日影に生まれた文子と義道の境遇の差を実感する。

出産後、体調が戻り次第書道教室を再開する予定の道子は、義道の育児のために看護婦まで雇い入れる。
家の増築の際、道子は浅井に不足する資金の調達を頼んだのだが、浅井は応じなかった。借金でまかなったその分を、道子はすぐにでも働いてまかなうつもりらしい。

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7.二人の母親と二人の子供

義道より6ヶ月早く生まれている文子は、すでに表情も豊かになり浅井はそのかわいらしさに惹かれてマチ子のアパートにも足を向ける。
マチ子も仕事に戻ることを決心し、小柳老人のつてで銀座の一流クラブ「マントール」に務めることになる。マチ子が仕事の間は、文子を近所の夫婦に預かってもらう段取りもできていた。

義道誕生後も変わらないマチ子の様子に浅井はほっとするが、それまでは自力で清水におにぎり屋さんを開くと言っていたマチ子が、義道誕生後には浅井の援助を主張するようになった。
自宅に戻れば、道子の他に姑と口うるさい看護婦までおり、浅井はなかなか落ち着かない。義道の成長と笑顔には夫婦で喜びを共感できるのに、家の中は義道中心に回っており、妊娠前は夫に献身的であった道子は、今は夫の存在を閑却(かんきゃく)しており、浅井は家の中で孤立無援であった。そのことをうっかりマチ子に愚痴ると、文子と二人で孤軍奮闘しているマチ子は母親と乳母に守られている道子に嫉妬する。

マチ子は、道子との境遇の差を知ったあとも、しつこく浅井に金品をねだったりなにかを要求することはあまりなかった。しかし、5日ほど浅井がマチ子のアパートを訪れないと、平気で夜中に自宅に電話をかけてきたりする。浅井は、妻の道子だけではなく、マチ子の真意も理解できず悩むようになる。
それでも文子が無事に1才を迎えると、マチ子と浅井は和気藹々(わきあいあい)と娘の誕生日を祝う。

小柳老人も、生まれた娘の江美に夢中で、浅井が江美のお祝いを持ってマユミのアパートを訪れると、江美とマユミを伴って外食しようと言い出す。マユミの要望を聞いて洋食のレストランに入る4人を、小泉老人の長男の妻が目撃する。

浅井と小柳老人は、二人になるとマチ子が勤める「マントール」に向かう。しかし浅井はそこで、自らが頼る常務とは別派の会長の姿を見つけて逃げるように店を飛び出す。社内の派閥の問題からも、マントールで会長と顔を合わせるのは不味い浅井は、そのままマチ子のアパートに向かう。その夜、マチ子は浅井に「もう一人子供を産みたい」と告げる。

道子は書道教室が有卦(うけ)に入り、これまで開いていた自宅と丸の内の書道教室に加え、銀座にも書道教室を持つようになる。弟子も増えて、増えた教室のために代稽古まで置くようになると、道子は妊娠前の派手な格好は改め、化粧も衣装も地味に繕い貫禄を漂わせるようになった。
そしてついに道子の執念が実り、日展に入選する。道子は華々しくマスコミに取り上げられ、浅井も社内で大いに男を上げる。
それを知ったマチ子はますますひがみ、道子の盲点は自分だと毒づく。

11月3日、文子が二歳になった日、浅井はマチ子のアパートにいた。文子は浅井のことを、「パパ」と呼ぶようになり浅井は相好を崩す。
もう一人子供が欲しいというマチ子と同衾(どうきん)しようとしたそのとき、浅井は猛烈な腹痛に襲われる。マチ子は急いでタクシーを呼び、下着もつけずズボンとシャツだけの浅井を自宅に送る。その浅井の様子に、看護婦は気がつくが、道子は動転し救急車を呼び夫とともに病院に向かう。浅井は盲腸炎で手術をする。

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8. 手術後の騒動

日展入選後、自分と義道のことばかりにかまけていたことを反省した道子は、夫の看病に精を出す。しかし、手術が終わってしまえばあとは傷がふさがるのを待つだけである。浅井は道子を自宅に帰し、その隙にマチ子と文子を病院に呼び出す。

道子もマチ子も,毎日のように病室に顔を出すようになったが、二人とも仕事の関係で病院でかち合う心配はなかった。
しかし、ある日浅井の付添婦に電話をかけたマチ子は、相手が道子と知らずに「パパの奥さんは帰った?」と話し、道子は素知らぬふりで「お待ちしています」と答える。そして、道子とマチ子は病室で顔を合わせることになった。マチ子は、病室を間違えた、といって急いできびすを返すが、それを道子が追う。事情を知らない文子は、浅井を求めて「パパ、パパ」と泣き叫ぶ。道子はマチ子に話がしたいと告げ、二人はマチ子のアパートで対決することになる。

マチ子は、浅井とは三年越しの仲だと告げ、浅井がマチ子に送り続けた手紙や記念の写真を見せる。しかし、道子は夫に子供ができるわけがないと主張する。道子自身が妊娠しているのだから、その理屈は通らないとマチ子は反論し、あげくは金銭問題でも二人の女は揉め出す。

プライドのある道子は、自分には自活の道があるから浅井はマチ子に譲ると言い出す。しかしマチ子は、浅井を夫にする気はないと反論する。子供が欲しかっただけで、浅井を愛したことはない、と妻の道子に断言する。

一方浅井は、病院で恐怖に襲われていた。二人の女がののしりあい刃傷沙汰にでもなっていないかと震える。

(photo by pixabay)

そして、二人の女はその後病室にまったく姿を見せなくなった。浅井はマチ子を心配し、アパートやマントールに電話をするがマチ子はつかまらない。
浅井は藁にもすがる思いで、小柳老人に電話をし事情を打ち明ける。小柳老人もさすがに仰天し、病室にやって来る。経験豊かな小柳老人は、浅井に「ひたすら奥さんに謝るように」と助言し、道子の様子を探るために電話をかける。道子は落ち着いており、退院の日の道子の様子を見るようにと言い残して小柳老人は去る。
一方、マチ子のほうは小柳老人が探ったところでは、職を辞して清水に向かったという。

退院の日を迎えても、道子は病院に姿を見せない。浅井が電話をすると、道子は「お帰りになりたいのならどうぞ」と冷たくあしらう。浅井は自分で帰り支度をし、タクシーでわびしく帰宅する。

浅井の帰宅に大喜びをしたのは義道だった。一瞬心を和ませた浅井だが、道子のものがすべて持ち去られた寝室を見て慄然とする。寝室には、浅井のベッドだけがひとつぽつんと残されていた。

過去の浅井の浮気では、道子は半狂乱で荒れたのに、今回の道子は怖ろしいほど冷静に浅井との話し合いの場に就いた。道子は、マチ子が浅井を愛していなかったこと、浅井とは別れるが手切れ金は必ずもらう、と言ったことを話す。

それでもマチ子に未練を見せる浅井に、道子は「あなたは先天性無精子症です」と告げる。呆然とする浅井に、道子は過去の浅井の浮気のあと病院で全てを検査し、明らかになったことだという。それを浅井に告げなかったのは、無精子症であることに安心した浅井がさらに浮気をするのではと心配したからだった。だから、マチ子の子供は浅井の子であるはずがない、と断言する。浅井は道子に、「義道は誰の子だ」と迫るが、道子はそれに対し「人工授精で授かった子だ」と白状した。しかし、義道は浅井の嫡出子であることに変わりはない。

道子にだまされたと知った浅井は、離婚を切り出す。道子は、浅井が望むなら応じるが、義道のために離婚はできるだけ回避したいと現実的な対応をする。

ほとんど眠れないまま、翌日浅井は出勤する。全快したと思いこんでいた浅井の部下たちは、浅井の顔色の悪さと憔悴した様子に驚く。
浅井は仕事をそっちのけにして、人工授精に関する記事や書籍を読みあさった。それでも、義道を愛しいと思う気持ちに変わりはなかった。

一時的に単身で東京に戻ってきたマチ子と話をするために、浅井は彼女のアパートを訪ねた。マチ子は,道子との会談を多少脚色して浅井に語り、自分はともかく文子の出生に疑惑を持たれたことは我慢がならないと浅井にぶちまける。そして、なんとしても手切れ金三百万を手に入れると宣言した。浅井は、義道が人工授精で生まれた子であることを白状するが、それをきいたマチ子は逆上し、話し合いを切り上げて飛び出していく。

夫婦仲は冷え切ったままであったが、義道を中心に浅井家はなんとか家族の体裁を保っていた。道子は、書道家として邁進し、書道塾は隆盛を極めている。浅井も、マチ子と別れ家庭内が落ち着いてからは、仕事にも精を出すようになる。

ところがある日、浅井は常務から呼び出された。マチ子はなんと、常務と人事部長宛に文子を抱く浅井の写真や浅井がかつてマチ子に送った手紙を送ってきたのだった。女の怖さを知っている常務は、浅井に同情し現実的に対処しようと言い出す。マチ子がふっかけてきた300万円を200万にまでさげさせるから、浅井にも覚悟を決めて退職金を前借りするように薦める。ただし、新日本物産の名前は一切世間に漏らさないというのが条件であった。

すぐには決心がつかない浅井は、マチ子に怒りを覚えて彼女のアパートに向かう。が、アパートはすでに引き払われていた。マントールに足を向けると、マチ子は部屋の隅で浅井の会社の会長と密やかに話している最中であった。浅井はなにも言わずに、マントールをあとにした。

翌日、浅井は会長に呼び出された。
マチ子がここまで手を打ってきたかと思うと、浅井は医学的に自分の無精子症を証明しなくてはいけないと思うほどに追い詰められる。

会長も常務と同様、部下のプライベートをうるさくいうタイプではなかった。ただ、マントールでマチ子と知り合ったばかりに、浅井の行いをマチ子に嘆かれて往生したと浅井に語る。

浅井は、恥を忍んで会長に無精子症のことを告げる。
明治生まれの会長は、男の不妊症というものが理解できない。そのような理由をつけてまで女とのけじめをつけようとしない浅井にあきれ、会長はこの件からは手を引くと告げる。

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9.男たちの最後

進退窮まった浅井は、小柳老人に助けを求めようと決心する。

その小柳老人はある日、マユミと江美の住むマンションを訪れて、もぬけの殻の部屋を発見する。小柳老人は躍起になってマユミと江美の行方を捜すが、まったく手がかりがつかめない。意気消沈した小柳老人だが、とりあえず青山の自宅に戻る。

妻の勝代は、なぜか外出着で夫を待っていた。そして小柳老人の自宅に、江美が眠っていたのである。仰天する小柳老人だが、勝代は落ち着いていた。マユミは、昼過ぎに江美を連れてこの家を訪れ、結婚するので子供を引き取って欲しいと告げたという。

勝代は、嫁の良子の注進(ちゅうしん)で、夫が若い娘に子供を産ませたことを知っていた。だから、マユミが自宅に刑務所帰りの婚約者を連れてやってきたときにも、息子夫婦にまず連絡をしたのだった。
勝代は、息子夫婦の助言を聞き入れ、息子夫婦と同居することを決める。江美は、小柳が一人で育てればいい、と告げて勝代はハイヤーで自宅を去っていった。

母親を求めて泣き叫ぶ江美を、小柳老人はなだめるすべを知らない。そこへ、浅井から電話がかかってくる。窮地に立たされた浅井は小柳老人に助けを求めようとするが、小柳老人自身も江美を目の前にしてなすすべがない。
女たちを甘く見た男たちに復習をするかのように、江美は泣き続けている。

10.終わりに

有吉佐和子の『不信のとき』は、珍しく男性が主人公となっている。

私がこの本をはじめて読んだのは20代で、その頃は男女の機微というものを読み取ることができなかった。年齢を重ね改めて読んだとき、浅井や小柳老人の老獪さ、女たちのたくましさを楽しむことができた。それでも、謎は残る。浅井は本当に無精子症であったのか。それならば、マチ子の子供の父親は誰なのか、浅井がかつて浮気して身ごもらせた人妻は他にも男性がいたのか、などなど。

『悪女について』と同じく、有吉佐和子が読者の想像力をかき立てるように書いたこの作品は、他の作品のようにほとばしるような勢いはないけれど、ストリーテラーとしての有吉佐和子の才能がいかんなく発揮されていると思う。

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