幸田文「きもの」のあらすじ│生きる知恵を教えてくれる作品

公開日: : 文学(Literature), 本(Book)

結婚しても両親への気遣いが出来ない長女、その逆の次女、大ざっぱな性格の母に、豊富な知識や経験から的確な判断を下す祖母。
主人公のるつ子は、このような家族の3姉妹の末っ子で、器量は良いが意地悪で見栄っ張りな長女とは反りが合わない。自身は常に慣習や礼儀を大事にしつつ、母の看病もするなど、とても我慢強い性格に育つ。

「きもの」の家族像は、どの家にも当てはまる人物像を持ち、それゆえに多くの人を魅了する。特に、るつ子の祖母の深い知恵と言葉がなによりもこの作品を支えている。ないことを嘆かず、人との距離も冷静に保ち、話す言葉に責任を持つ。
世代を超えて読み継ぎたい作品である。

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1.るつ子の幼少時代

明治の終わりに東京の下町に生まれた西垣るつ子は。美男で瀟洒な父、田舎出身で大ざっぱな母、そして良識ある祖母、二人の姉、兄と暮らしていた。

るつ子は、着るものに対して非常に癇性(かんしょう)で、着せなくてはならない大人数の家族を抱える母を困らせていた。るつ子は普通の女の子が好むかわいらしい柄ゆきには執着せず、意匠よりも「着心地」に固執する。ウールが入ったメリンスやセルの着物は、当時はちょっとしたおしゃれ着として流行していたが、着心地の悪さを感じるるつ子はこれらを着るたびに蕁麻疹(じんましん)まで発症してしまう。

(photo by いらすとや)

雪国出身の母は、美人ではないが色白の肌が美しい人であった。その風貌に似て、性格も少々野暮ったい。都会風の美男である父は、色黒であったが上背もあり、瀟洒な外見だけではなく、考え方も合理的である。見劣りのする母は、父に対して引け目を持っており、東京育ちの父は、若さもあって母の野暮ったさをからかったりもする。

権高(けんだか)なるつ子の長姉は、父にそっくりの容貌で美貌を誇っていた。るつ子は逆に、色は白いけれど母親似の平凡な顔立ちで、姉妹で喧嘩すると姉はるつ子が色白であることだけを意地悪く口にする。父も母も姉妹の喧嘩に干渉しようとはしないが、祖母だけは二人を別々に呼び、色白であることの大切さ、美貌を授かった女の心得をそれぞれに言い聞かせる。

ある日、左前(ひだりまえ)になったるつ子の近所の呉服屋で、るつ子は生まれて初めて自分の着物を自分で選ぶ。母が、姉たちの嫁入り用にと華やかな着物を選ぶ脇でるつ子が選んだのは、踊りの師匠の注文流れの品で、白茶の地に濃い紫と草色、渋い黄色の格子柄であった。姉たちは、あまりに粋すぎる柄をけなすが、父は笑いながらその色に合う無地の帯を作ってやれ、と母に伝える。父はるつ子の「粋上品」の好みを理解し満足するが、田舎育ちの母にはその好みが理解できない。

毎年十月に、祖母の誕生会が親戚を集めて行われる。同年代の女の子たちもやってくるこの集まりで、見栄っぱりの姉は誰よりも美しくいたいと張り切る。姉は願い通り、美貌と美しい着物で毎年誰よりも目立っていたが、その年だけは親戚一同の目はるつ子の着物に注目する。姉はそれが気に入らず、るつ子にやつあたりをするが、着心地よく気に入った柄を身につけたるつ子は気にならない。子供らしくない柄を選んだるつ子を見て、もう亡くなった西垣家の祖先の一人に同じような着物の癇性の男性がいたことが話題になる。

女学校の入学試験の日、るつ子は着物の着心地の悪さのせいで試験にまったく集中できない。祖母は、るつ子が着心地の良さを最重要視することを知っていて、上手に着せつけてくれるのだが、母にはこの配慮が欠けていた。試験日当日、親戚の家にいてるつ子に着物を着せることができなかった祖母は、それでもなんとか女学校に合格したるつ子に、これからは自分で着物を着るようにと厳命する。姉たちのように「いい格好」ではなく「いい気持ち」で着物を着る人は、これは自分だけにしかわからないことだからというのが理由だった。

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2.女学校時代のるつ子

その日から、るつ子は着物の扱い方、着方、着物だけではなく腰紐や帯揚げにいたるまで、毎日祖母の薫陶(くんとう)を受けることになる。姉たちとは違うしつけを受けることに反発したるつ子だが、毎日おばあさんと話をしているうちに「おばあさんのいうことには美しさがある」と感じるようになる。

女学校に入学したるつ子には、二人の親友ができる。
一人は子爵令嬢の朝霞(あさか)ゆう子、もう一人は給費生の伊東和子。育った環境も性格も異なる三人だが、ゆう子が所有する自転車の練習をともにしたことで親しくなる。

自転車の練習中、堀に転落してしまったるつ子は、朝霞家で借りた下着がすべて絹製であることを発見し、生活の違いを実感する。
るつ子を朝霞家に迎えにきた姉は、優雅な子爵家の暮らしに酔い、雄弁にその様子を家族に語る。祖母と母は、お礼に朝霞家に持参するもので悩み、その様子を見た父は華族にこびへつらう妻の様子を苦々しく見ている。
るつ子の姉は、るつ子を迎えにきたときに朝霞家で知り合った久坂正親という男性と密かに会うようになる。

いっぽう、父親を早く亡くし貧しい育ちの和子は、自転車操縦法を早く習得して、お使いの数を増やそうという考えだった。兄弟が多い家の長女に生まれた和子は、近所の自転車を借りて練習することにしたとるつ子に伝え、るつ子を自宅に誘う。

ゆう子の家とは対照的な貧しい生活をする和子だが、屈託なく押しが強い和子からるつ子は刺激を受けるようになる。和子の母も、貧しいことを卑下せず、物静かにしかし力強く生きている。

その和子に、なにか着物を恵みたいとるつ子は考える。るつ子は母に父親の使い古しのウールを半分贈ってはどうか、と相談し大反対される。その理由がわからないるつ子は、祖母に相談する。祖母は理路整然と、他人にものを贈る際の心得をるつ子に語る。我が家で役に立たない古い布が、いくら貧しいとはいえ他人の家で役に立つわけがない。それならば、るつ子が身につければ蕁麻疹を起こさせるウールの着物を和子に贈れ、とさとす。るつ子は、その新しいウールの着物を和子に贈ることを躊躇するが、おばあさんは他人にものを贈る難しさもるつ子に教える。

女学校に入学して初めての夏休み、るつ子はゆう子から箱根への避暑に誘われる。
和子は夏休みも家族のために働くことになり、軽井沢のアメリカ人の家庭で子守をすることになった。軽井沢に発つ前に、和子は野暮な服装に庭で咲いたダリヤの花束を抱えて西垣家を訪問する。和子は、るつ子のおばあさんの知恵で贈ってもらった合羽地のお礼を言い、おやつをともにして帰って行く。

その様子を見たるつ子の姉は、和子の貧乏を厭い、子爵令嬢と和子をともに友人に持つるつ子に喧嘩をふっかける。権高な姉が珍しく自分のほうから仲直りをるつ子に持ちかけたのは、朝霞家の縁になる久坂正親が気になるからだった。

姉の態度に鬱々とするるつ子は、初めての月のものが自分に訪れたことを知る。祖母から女のからだのしくみを教えられ、るつ子はますます憂鬱になる。

箱根のゆう子から改めて、避暑地への招待状が届く。朝霞家とのつきあいを深くしたい姉はうきうきするが、るつ子は体の変化もあり断ることにする。るつ子が箱根に行くものと思いこんでいた長姉は不機嫌になる。次姉は、月のものがあるときは女は意地悪になるのだとるつ子に語り、長姉の華族へののぼせぶりを嘲笑する。美貌の長女を溺愛する母は、その恋心をかばい、華族をありがたがる風潮を厭う父はそれを苦々しく感じている。

ある日、るつ子は外出する長姉の着物の着付けを手伝わされる。親には内緒で、正親と音楽会に出かけた長姉の行動は噂になり、両親は今後を考えて長姉と正親の交際を阻止する。
そして幾度かの見合いのあと、長姉の縁談が決まった。病院長の子息で、本人は大卒の商社勤務。姉の満足する条件をすべて備えた相手であった。

姉は有頂天になり、母を連れて嫁入り支度に精を出す。そして、縁談相手と出かけるさいの着物の着付けの手伝いは、常にるつ子であった。るつ子は、着付けひとつで人柄まで変わって見えることに気がつく。

姉は結婚式でおかいどりを着たいと両親に訴える。父はこれを機会に、着物をさもしい心で着ようとする姉を非難する。普段は無口な父が、久坂正親の騒動の時からの長姉の言動を延々と非難する様子を見、おばあさんがそれを止める。

姉は素直に父の言葉を受け入れないが、るつ子は父の泰然とした考え方に感動する。
結局、姉は父が選んだ黒の振袖を着て嫁入りをする。いつもは姉たちのお下がりに文句をいうるつ子も、父が選んだこの振袖は自分も将来の自身の結婚式に着たいと思う。父と姉も一応仲直りをした形で、姉は美しく装い実家を出る。

るつ子は家での雑事の役を担うことにし、結婚式には参加しなかった。自宅で祝いものの整理や来客へのお茶だしをしていたるつ子はしかし、姉になにかが足りなかったと気がつく。それはほお紅だった。色直しの着物が藤色であったことを思い、美しい姉がさらに美しくあるためには、ほお紅を強くはかなくてはいけないとるつ子は確信し、普段着のまま結婚式場に向かい、その旨を着つけの先生に伝える。るつ子の思い通り、美しくなった姉に披露宴会場は騒然とするほどだった。

姉が里帰りをする日、家の宰領(さいりょう)を祖母は次姉のみつ子に任せた。
モーニング姿の夫とともに丸髷姿で優雅に里帰りした姉に、母は涙するほど満足し、姉が帰ったあともひたすら姉のことを口にし続ける。祖母は、無事に娘を嫁に出したあとの母親の淋しさを察するが、気落ちと疲労で母は病んでしまった。

るつ子の母が心臓を患っていることを知った祖母は、自室を母の病室としてゆずる。木綿夜具に寝ていた母は、病室で客用の銘仙布団で病を養うことになった。るつ子は、木綿夜具で寝る家族を残し、絹夜具を持って嫁入りした長姉を理不尽に思う。そして、母のよれよれの寝巻姿にも胸をつかれる。祖母は、母に新しい寝巻を過去にも贈ったことがあったのだが、母はもったいないと言って起巻(きまき)にしてしまったことを語り、るつ子と母の寝巻の仕立てをはじめる。

母の闘病が長引くことを悟ったるつ子は、主婦が寝ついた家の家事と勉強の両立に悩むようになる。祖母は手際よく孫娘たちを指図するが、母の病勢は進み本人も気が弱くなっている。るつ子は家族を支えることに懸命になるが、次姉のみつ子は嫁に行くことだけを考え家事に協力的ではない。見舞いに来た長姉は、華やかな婚家先での交際ぶりを大仰にしゃべっただけで帰って行くが、母はそのときだけは大喜びをする。

るつ子は、自身の容貌が母親に似ているのに、性格は合理的な父に似たことを実感し、それが母に子供のころから気に入られていなかったのではないかと苦悩する。親友のゆう子は、彼女の母親も若い頃に長期間患ったことを告白し、るつ子に同情する。

母が病んで三ヶ月がたったころ、みつ子に縁談がおこる。高級小間物を扱う店の次男であった。横浜に支店を持ったばかりという磯貝宥(いそがいゆう)治(じ)は、両親と同居する義務もなくみつ子はすぐに乗り気になる。商人の次男である宥治と婚約したみつ子は、当世風で合理的な宥治に迎合し、嫁入り支度は手軽でいいので現金が欲しいと父に申し出る。見栄っ張りであった長姉と対照的な結婚をしようとしているみつ子だが、両親も二人目のためか、あるいは一家の主婦が闘病中という事情のためか、あっさりと次女を嫁に出す。長姉だけが、簡略に行われた結婚式を婚家の手前恥ずかしいと言いつのる。

実家に残されたのは祖母と父と兄とるつ子である。気の強い姉二人に頭を抑えられていた兄は、これからは家族で話し合っていこうと言いるつ子を感動させる。夕食は母の病室に家族が集まってとることが決まり、母の布団を新調することも家族で決める。二人の娘を嫁入りさせたあとの西垣家の家計は苦しいものであったが、祖母の知恵で娘たちが着古した着物を仕立て直して縮緬(ちりめん)布団を完成させる。

しかし、長患いをしていても一家の主婦の自覚を失っていない母は、自分の知らないところで算段された布団の話を聞いて激怒する。祖母は病んでいる主婦のつらさと、親孝行の仕方の難しさをるつ子に語り、新しい布団も祖母の取りなしで母の元へ運ばれる。るつ子は改めて祖母の賢明さを実感するが、この祖母を姑とした母のつらさも感じる。母は娘たちが着た着物から仕立てられた布団をしみじみとなで、来し方を祖母と語り合う。

見舞いに来た長姉は、新しいシーツと引き替えに実家から金品をねだろうとし、次姉は掛布団の裏地の足しにしてくれとお金をるつ子に渡す。結婚後にそれぞれ変わっていった二人の姉を見、母に気に入られない自分を思い、将来への気持ちが定まらない自分をるつ子はもてあます。

看病と家事に追われて、るつ子の学校の成績は落ちていった。しかしもはや開き直ったるつ子は、級友たちの同情も教師の叱責にも動じないようになっている。親友のゆう子と和子だけは、心からるつ子を心配している。

ある日、ゆう子は猫をもらいに行くので一緒に品川まで行かないかとるつ子と和子を誘う。品川のその邸では、ペルシア猫が応接間を占領しており、その惨憺たる様子がるつ子の目を楽しませた。その邸で、ゆう子と同じように猫をもらいに来ていた長唄の師匠という人に出会う。その女性は、るつ子が来ている着物の格子柄を褒めた。

家に帰ったるつ子は、母に猫にぼろぼろにされた応接間の話をし、珍しく母はるつ子の話を喜ぶ。るつ子の着物を褒めた長唄の師匠のことは、祖母にだけ話した。るつ子が語るその様子から、祖母はその女性がるつ子の父とずっとつながりのあった人だと悟る。

清村その、というその女性は、花柳流の名取りであり、るつ子の母に対して申し訳ないという思いを持ち続け、出しゃばった振舞は一切しなかったが、父と別れようとはしなかったという。母はそのの存在を知って荒れた時期もあったが、子供たちのために西垣家にとどまった。まっすぐな気性のるつ子を思い、祖母は父とそのの関係をるつ子に打ち明けるが、るつ子は動揺する。

母の病状が小康を得たように思えたある秋の日の午後、母は静かに世を去る。同じ部屋で本を読んでいてそれに気がついたるつ子は取り乱し、祖母は年の功でるつ子を落ち着かせる。

父が初めて母に「似合う」と言った秋の七草の浴衣を着せたまま、西垣家は弔いの準備をしなくてはいけなくなった。嫁に行った長姉は、誠意のある見舞いもしなかった自分を棚に上げるつ子を責め、次姉は葬儀にるつ子がなにを身につけるかを気にしてるつ子を落胆させる。るつ子は、寺に移された母が浴衣を脱がされ経帷子に着替えさせられたのを悲しむ。父が似合うと言ったあの浴衣で、母を送りたかったと悔やむ。

祖母はるつ子が知らないあいだに、濃紫の着物と黒い帯を用意してあった。葬儀を出す家の家族が、作法通りのものを着ているかいないかでは弔問客の印象はずいぶん変わるのだと祖母はるつ子に教える。皮肉にも、白い肌の持ち主のるつ子にこの喪服はとても映え、姉たちは嫉妬する。

るつ子はひたすら亡き母を慕うが、長姉は焼香順にまで文句をつけて婚家を目立たせようとする。るつ子の母の葬儀には、ゆう子と和子も現われてるつ子の悲しみをを思いやる。

嫁に先立たれたるつ子の祖母も元気をなくしていたが、残されたものの義務は立派に果たそうとする。忌明けの形見分けを準備する祖母をるつ子は手伝いながら、その心得も取得する。結婚以来、家族にすべてを捧げてきた母の持ち物は少ない。その中から良いものを選び、親しかった人に送る。

人にはなるべくいいものを、というのが西垣家の庭訓(ていきん)であることをるつ子は知る。そして、人が一人亡くなったあとの後片付けの大変さも、るつ子は実感する。姉たちは、祖母とともにるつ子が母の形見を分けたことを不服を言うが、るつ子は亡き母への奉仕として心を込めて後片付けをする。

母の亡き後は、祖母が家の采配をするようになるが、主婦がいない家の寂寥は想像以上であった。るつ子は、妻に先立たれた男としての父を思いやる。祖母の負担を減らすためにも、父は再婚した方がよい、その相手は清村その以外はありえない、しかし亡き母はそのだけは嫌だと思うだろう。

女学校の卒業は翌春に迫っていた。るつ子は落ちた成績のことはもう諦めていたが、兄から、ゆう子と和子が母の葬儀の日、父に「るつ子さんは成績が落ちても心配いりません、取り返そうと思えば一学期で取り返せますから」と話していたことを知り、猛勉強に励む。
卒業式では、るつ子が取り戻した優秀な成績が特別に褒賞された。卒業式に、るつ子は母の葬儀に来た濃紫の着物と袴で出席した。

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3.女学校卒業後のるつ子と関東大震災

女学校を卒業したものの、るつ子はまるで自分の身の振り方を決められないでいた。勉強ができたるつ子は、女子大に進むことも考えたが、冠婚葬祭が三つも重なった西垣家の家計は苦しく、るつ子は父に相談もしないまま進学は諦める。出さねばならぬ金は歯切れ良く静かに差し出す父を、るつ子は好ましく思っている。そして、この先も家族のために働き、出す金を出さねばならない父を哀しくも感じる。

祖母は、老い先短い自分を思い、るつ子の縁談をまとめたいと考える。ただし、上の姉二人と違い、るつ子の相手は肩書きや身分や容貌ではなく、健康で気根のある人でなくてはいけないと語る。

女学校時代の親友、和子は女子職員として働くようになる。ゆう子は、外国行きにあこがれながら実家で過ごしている。

るつ子も、父の懐具合を考えて秋から家庭教師として働くようになった。両親が外国に赴任している子の家庭教師であったが、その家を預かる叔父という人の風体にるつ子は嫌悪感を抱く。自分の父の、いつもこざっぱりした姿に慣れているるつ子は、昼間から寝巻を着ている男と、できが悪くいたずらばかりしている子供に根をあげて、るつ子は6ヶ月で仕事をやめてしまう。

その間にも、るつ子は何度か見合いを重ねる。好悪がはっきりし潔癖なるつ子の気にかなう男はなかなかおらず、そのたびに祖母は仲人のところに挨拶に行く。
和子のように働く目的もなく、結婚も決まらないという境遇にるつ子は苛立つ。

九月一日、おついたちには必ず赤いご飯を炊いて家族の無事を祈っていた亡き母をるつ子は思い出しながら過ごしていた。お昼前、関東大震災が発生。頭痛で横になっていた祖母も飛び起き、被害の大きさを悟る。

次々に発生する火災の様子を見て、祖母は避難を決心する。食料品も重要書類も二つに分けて風呂敷に包む祖母を不思議に思うるつ子だが、祖母はいつ一人になるともわからないのだからと冷静に語り、るつ子は恐ろしさにふるえる。自宅には父と兄への書き置きを残し、祖母とるつ子は町内の乾物屋のおじいさんを先達に上野へ避難を始める。若い頃は木曽で杣(そま)をしていたというその老人は、見事に火災を避けて町内の人々を上野へ誘導する。

命からがら上野についたものの、祖母とるつ子は失うものの大きさを思い肩を落とす。
父も上野にやってきた。社長からもらったという新しい服を着た父は、汚らしい被災者の中で際立って男前に見え、るつ子は決まりの悪い思いをする。その父を捜して、清村そのも上野にやってくる。そのは多くは語らなかったが、るつ子の父やその家族の消息をもとめてあちこちを訪ねまわった様子が伺えた。その女心を、るつ子は母親と比べつややかなものだと感じる。

母は大家族の主婦として、大ざっぱな性格であった。父がそのと別れなかったのは、この情緒的な女性に惹かれていたからでは、とるつ子は感じる。一晩を上野で過ごし、一人手ぶらで帰っていく清村そのの強さに、るつ子は感動する。

自宅が崩壊してしまった西垣家であるが、父は田舎に避難する気はなく、家族が過ごせる一間を確保しようと奔走する。兄は、消息がしれない姉二人を訪ね歩き、祖母とるつ子は焼け跡から使えるものを取り出す算段をする。しかし、祖母は老齢には勝てない。疲労のあまり、自宅への道をたどる途中で足が動かなくなってしまう。

姉二人の消息がしれた。長姉は、この地震のショックで流産していたが、舅が経営する病院にかくまわれていた。次姉の消息はしれないままであった。父はなんとか社長の温情で、八百屋の二階一部屋を借りることに成功する。

しかし、まさに無一物の西垣家にとって、日常生活に必要な最小限のものを集めるにも大変な苦労になった。需要と供給の釣合が崩れ、茶碗一つも馬鹿げたような値段がついている。さらに秋から冬に向かって、家族の衣類をどう整えるのか、老いた祖母に代わって家事を担当せざるを得ないるつ子は頭を悩ませる。

そして、ようやく横浜の次姉が大けがをしながらも助かったことがわかる。姉の看病に行きたいるつ子だが、本人からの強い要望でいやいや長姉の家の手伝いに行かされる。

姉は流産後の体を舅の病院で養っていたが、家内の女中たちを休みなしに働かせているのがつらいから、代わりにるつ子をよこせと実家に伝えてきたのだった。るつ子は、言い争うのは最初からあきらめ、姉の言うとおりに三日間黙々と働く。

姉は、病院ならば食べることには困らないからとるつ子を引き留めるが、姉と気が合わないるつ子は家に帰ることにし、そのるつ子に姉はゆかたやシーツの入った包みをよこす。るつ子はその場で風呂敷を開け、中身が男物の古着であることに憤慨する。

父は姉に古着など着せたことは一度もない、その父に、自分の舅や夫の古着を着せようというのか。非常時とはいえ、舅ほどの身代ならば、真新しい手ぬぐいの一本くらいあるだろう、実の親にはすがすがしい新品こそを贈るべきだ。るつ子は結局、その嵩のある包みを姉のもとに置いて家に戻る。

家に戻ると、祖母は風呂敷を体に巻いて、たった一枚の浴衣を洗っている最中であった。その様子を見た人が、田舎じみた浴衣地を譲ってくれる。姉のもとで黄ばんだ古着を目にしたるつ子は、改めて新品のすがすがしさを実感する。祖母は年の功で、着るものの心配はもうしていなかった。値上がりは庶民にはつらいが、値が上がれば物が回ってくるのが世の常で、そうなれば都会はいる利点ははかりしれない、というのだった。

破壊した家が撤去され平地になったという報告を受けたるつ子は、兄と自宅のあった場所に赴く。そこで偶然、見舞いに来た和子と出会う。和子によれば、ゆう子は地震が起きた時はヨーロッパに向かう船の上で無事であったという。女子職員として働いている和子は、給料で買った縞木綿一反をるつ子に贈る。るつ子がもし死んでいたら、るつ子の形見として身に着けようと思っていたと告げ、るつ子の無事を喜ぶ。

外国に発ったゆう子、社会人として成長する和子の様子を見て、るつ子も焦りを覚える。

次姉を見舞ったるつ子たちは、体中にやけどを負った彼女の無残な姿に胸をつかれるが、夫とともに九死に一生を得た姉は、家族に守られている幸せを口にする。その姉にも、お祭り浴衣を届けたるつ子と祖母は、父の地方の知り合いが「なにか必要なものがあったら」と訪ねてくれることに甘え、木綿の反物をと頼む。

新品を他人にねだるのに気がさす、というるつ子に、祖母はこんこんと諭す。
「新しく丈夫なものこそ、今いちばん役に立つんだし、下さり甲斐も頂き甲斐もあるだろうじゃないか。あたしはただ図々しいんじゃない。内心ははらはらしているけど、このたび図々しいのはお許しくださいって、強気で押そうとしてるんだよ。貰い得だなんて、そんな卑しい気持ちはない。一生のうちにはね、覚悟して着る着物というのがある。たとえば婚礼の着物がそうだ、まともな女なら心にけじめをつけて着る。あたしがいま人の親切に甘えてねだる反物も、心にしるしをつけているつもり、一生忘れずに有難いとおもうだろうし、いずれそのうちには必ずお礼もしようとしているさ。るつ子に図々しいなんていわれると、あたしはちいっと腹が立つよ」。

ようやく、自宅があった場所に雨露をしのげる粗末な家ができる。被災した下町は、復興という言葉があちこちで聞こえ威勢はいいが、自宅の土地を手放した人も多かった。

粗末でも我が家に落ち着いたるつ子は、改めて自分の先行きを考える。老いた祖母だが、長寿で元気でいてほしいし、その最後は自分が看取りたいと思う。兄は、もう一人前の男だ。なにも心配はいらない。るつ子は、妻に先立たれた父を思い、清村そのの存在を思い複雑な思いに駆られる。

ある晩、その思いをるつ子は自分でも整理ができないまま父にぶつけてしまう。父は、静かに娘の思いを受け止める。

食い扶持を稼ぐために働こうとしていたるつ子のもとに、近所の歯医者の奥さんが縁談を持ってくる。近く開業する眼科医の奥さんに、という話であった。地方の地主の二男である彼は、東京で開業するために東京の女を妻にしたいと望んでいるのだという。これまでの縁談の中では格段にいい条件であったが、届いた写真を見て相手の色男ぶりにるつ子は絶句し、父は即座に断ってしまう。

和子がゆう子からの手紙を持って、るつ子を訪れてきた。憧れていた欧州に念願通り旅立ったゆう子なのに、ホームシックに苦しんでいる、支えてくれる恋人が欲しいという内容だった。しかし和子は、ゆう子の聡明さを思い、そのうち落ち着くだろうと笑う。そして、和子自身にも好きな人がいて、将来は結婚したいのだとるつ子に告げる。震災にあい被災し、甘い感情とは無縁に過ごしてきたことを、るつ子はゆう子に書いて送る。

ある夕方、父の商用の電報を打つために外出したるつ子は、後ろから自転車に衝突され着物を破いてしまう。衝突してきた相手と口論になっていたのを助けてくれた若者がいた。るつ子の名前を知っていたその若者は、先日の縁談相手であった。その若者、小倉保二(おぐらやすじ)は事故を起こした相手とるつ子を伴いるつ子の家を訪れ、相手に謝罪をさせる。父は、夕方の用事を娘に申し付けたことを悔やむ。そして、るつ子は写真の姿より劣る小倉保二を忘れられずに過ごす。

二人のことは、自転車の事件をきっかけに近所でも噂になってしまう。祖母は困惑するが、るつ子が明らかに恋煩いをしている。断ったはずの縁に、このような尾ひれがついただけでも腹立たしいのに、小倉保二のような覇気のない男にるつ子が惹かれてしまったのが祖母の癪に障るのだった。

娘の恋心に気づいた父も、それを阻むために社長夫人から持ち込まれた就職口をるつ子に世話するが、るつ子ははっきりと返事ができない。父は激高し、るつ子にふさわしくないあんな男のことはさっさと忘れろ、と諭す。素直に父の言うことを聞かないるつ子を見て、父は「西垣の血が濃い子だと思っていたが、るつ子も母親譲りだ。東京人と違う頑固さだ」と、亡き妻までもち出して激怒する。母を田舎者扱いされることにかつてから怒りを覚えていたるつ子も父に反撃し、西垣家内には気まずい雰囲気が漂う。

歯医者の市田夫人が、改めて小倉保二との縁談を持ってくる。父は最初からるつ子にはそぐわない相手だと思っているが、るつ子が望むのなら仕方がないと家族に告げる。当世風の兄は、つき合ってから相手を見極めればいい、と言い、祖母は融通が利かないるつ子にはそんな器用なことはできない、と嘆く。

家族の意見が分かれる中、保二からるつ子に手紙が届く。るつ子はただうれしく、恋を確信する。婚約は交わされたものの、西垣家内は暗かった。地震の爪痕はまだ深く、満足な嫁入支度ができない。父は、るつ子をよい勤め先に就職させ有望な若者との縁を望んでいたのに、もっとも愛した娘をむざむざ気に入らない若者に嫁がせなくてはならないことを心のうちで嘆き続ける。それでも人並みの結婚支度はしてやりたく、小さくしか工面できないお金を祖母に渡す。

るつ子自身も辛かった。父が工面してくる金額を見れば、父がどれだけ無理をしているかが察せられるからだ。姉のように、実家から吸い取ろうという気はるつ子にはまったくなかった。新しい着物を持って嫁ぐことに、罪悪感さえ覚える。姉の日本晴れのような着物とは違い、るつ子の着物は父の苦心につながる辛い着物になってしまう。

横浜の姉夫婦が、お祝いを持って西垣家を訪れた。姉夫婦は、時節と状況を考慮し、現金をるつ子に贈ってくれるが、この結婚を喜んでいる様子がない父と祖母の様子を見てるつ子を心配する。

長姉は銀のスプーンをお祝いに持って現われるが、震災のさいにるつ子に古着を拒否されたことを根に持ち、自分が結婚式に着た振袖は貸さないと告げる。二人の姉の結婚後の相違を目の当たりにし、るつ子は慄然とする。

式服について悩むるつ子のもとに、清村そのからお祝いの反物と手紙が届く。そのに個人的には好意を抱いていたことを父に告げたことを、知っていたそのは、その気持ちが嬉しいと手紙で伝えてきた。

亡き母にもこの良識ある人にも悲しい思いをさせたのかと、るつ子は父を疎ましく思うが、式服の知恵をそのに聞きに行こうと決心する。祖母は狼狽するが、そのは温かくるつ子を迎え、合理的に物事を運んでいく。

長唄の師匠として女一人で生きてきたそのは、るつ子の祖母も及ばない決断力があり、弟子たちを通じた縁も多く、望むものを安価に手に入れることができた。大騒ぎをせずに、静かに物事がすすむ。その手腕の見事さに、るつ子は改めて亡き母との違いを感じる。

父が工面してくれた予算内で嫁入り支度を整えたるつ子は、改めてそのにお礼を言う。そのは、父を通じた縁でなくてもるつ子の役に立ちたかったのだと告げ、父の不機嫌を許容するようにるつ子に助言する。

そのの言葉をよく考えたるつ子は、父にさからってする結婚を父に詫びた。
父はこう答える。
「詫びてもらって、うれしい。互いに強情だし、それにうそをいわぬ親子なのだろう。おれはもうさっぱりとお前たちの幸福を祈るばかりだが、おぼえておいてくれ、もし万一病気その他の不幸がある時は、結婚に反対した父を思い出さないで、それまでのおれの姿を思い出してもらいたい」。

母譲りの白い肌に白一色をまとって、るつ子は婚礼の座につく。式の間中、伏せ目のままのるつ子をみて、父も祖母もるつ子の胸の内をはかりかねて不安になる。

披露宴では、るつ子はそのからすすめられた赤い疋田(ひった)を身にまとう。田舎から結婚式に出てきた新郎の親戚たちは、るつ子の白から赤へのあざやかな変身に歓声をあげる。

結婚式を挙げた保二とるつ子は、新婚旅行に出発する。西垣家は、るつ子を嫁に出し寂寥感を増す。
旅行先で夕食をともにする保二にまだ慣れず、潔癖なるつ子は新婚の喜びを感じることもできない。そのが選んでくれた柔らかい花もようの寝巻を着て、るつ子は保二の妻となった。

4.まとめ

幸田文の「きもの」を読んだのは、二十代の頃だった。あのころは、自分が田舎出身であることを引け目に感じ、東京の女子大でも居心地の悪い思いをしていた。だから、るつ子の母に最も親近感を覚えたのを思えている。

そして、私の祖母はるつ子の長姉に似ていた。医師の総領娘として生まれ、小町娘とちはほやされ、華やかな柄ゆきの着物を晩年まで着ていた。
私の母は次女で、るつ子のように我慢強い性格であり、着物の趣味もまったくるつ子と同じ粋好みで、幾何学模様の着物が多かったのを思い出す。

幸田文が描いた「きもの」の家族像は、どの家にも当てはまる人物像を持っているから魅力的なのだろう。そして、るつ子の祖母の深い知恵と言葉がなによりもこの作品を支えている。
ないことを嘆かず、人との距離も冷静に保ち、話す言葉に責任を持つ。
私も不惑を越えた。大人であることの矜持を、るつ子の祖母から学ばなくてはいけないと実感している。

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