有吉佐和子 華岡青洲の妻のあらすじ│命を賭して夫の麻酔術の実験台となる妻と母

世界で初めて、全身麻酔を調合し、手術に使用したとして世界的に名を知られる、華岡青洲。

その成功の陰には、失明しながらも夫の実験台として麻酔を受ける献身的な妻と、妻に息子を取られて競って息子の実験台となる母という、二人の女の物語が。

日陰となり夫を支えた、二人の女の生涯に焦点を当てた作品である。

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1.加恵(かえ)と於継(おつぎ)

和歌山県伊都(いと)郡の大庄屋妹背(いもせ)家は、和歌山藩主が伊勢路を往復する際の宿になっているほどの名家であった。その家に生まれた加恵は、読み書きのほかに裁縫や掃除など堅実なしつけを受けて育った。

八歳になったころ、加恵は初めて華岡家の於継の姿を目にする。妹背家ほどの格はないものの、小地主で染め物屋などを兼ねていた松本家に生まれた於継は、幼い頃から才色兼備で知られていた。

ところが、年頃になったころ原因不明の皮膚病にかかった。たいした評判もなかった医師、華岡(はなおか)直道は於継の治療に当たり、快癒(かいゆ)のあかつきには於継を嫁に欲しいと松本家に申し出た。無事に回復した於継は、華岡家に嫁入りすることになった。

この逸話は、華岡直道の医師としての名をあげるよりも、於継の比類ない美しさと賢さを喧伝する結果となった。

乳母の民(たみ)に頼んでこの美しい於継の姿を見に行った加恵は、想像以上の於継の美しさに衝撃を受ける。加恵の母は姿が美しいだけではなく、於継の賢さも誰もが褒め称えるのだと娘に語る。幼い加恵は感動し、於継への憧憬を深めていった。

加恵が於継の姿を見ることはめったになかったが、於継の夫直道は妹背家の隠居のもとによく出入りをしており、於継の美貌にそぐわない無骨な容姿に加恵は絶望する。大言壮語の直道は、天下の趨勢を語り医学の未来を語り、そして常に息子の雲平(うんぺい) ( のちの青州(せいしゅう) ) の自慢をするのが常であった。

その祖父は、加恵が十八歳の時に死去した。祖父の弔いに現れた於継の美しい気品ある姿を見て加恵は息をのむ。

その三年後、於継は再び妹背家を訪れた。そして加恵の父に、加恵を雲平の嫁に欲しいと願い出る。加恵の父佐次兵衛は家格(かかく)の違いを理由に婉曲(えんきょく)にその申し出を断ろうとするが、於継は医家の妻は武家の娘こそふさわしいこと、息子の雲平の将来のために堅実な家風の中で育った加恵をぜひ華岡家に欲しいと熱心に請うた。

佐次兵衛は女の戯言(たわごと)とその申し出を歯牙にもかけなかったが、あとからその話を聞いた加恵はあの美しい於継に自分が望まれたことを知り興奮する。

断るはずの縁談であったのに、佐次兵衛の妻はこの話を受けようとする。加恵自身の気質を見抜いて望まれたこと、華岡家の家名も於継が嫁いでから格段にあがっていること、そして妹背家にたびたび藩主が泊まりながら加恵はその目にとまることなく二十一歳という年を迎えてしまったというのが加恵の母が夫に語った理由であった。

そして、加恵の母自身が名手(なて)本陣の妹背家という大家に嫁ぎ苦労したことを夫に伝え、士農工商いずれにも属さず妻の力次第で家名を上げることができる医家に娘を嫁がせることに賛成する。なによりも加恵自身が於継に望まれたことに強い喜びを感じ、この縁組みを望むあまり夜も眠れない有様であったため、佐次兵衛もしぶしぶ縁談を承知することになった。

京都に遊学したばかりの雲平とは顔を合わせることもなく、加恵は於継が望んだとおり身一つで華岡家に嫁いだ。華岡家は予想以上につましい生活をしていた。老齢の直道、於継、娘の於勝と小陸をはじめとする六人の子達、そして弟子たちが雲平の将来に強い期待を抱いて一丸となって暮らしていた。於勝と小陸は母の於継に少しも似たところがない容貌で、家事手伝いの他に機織りをし家計を助け、加恵も家族の一員となるために機織りに精を出し、姑の於継から医家に必要な素養を教わる。

そしてついに雲平が京都から帰ってくる。家族は大喜びで雲平を囲むが、加恵はその輪の中に入ることができない。それまでは、加恵を常にたてかわいがってきた於継なのに、雲平が帰ってきたとたんに息子を独り占めしようとする。この時から、仲むつまじかった姑と嫁は陰湿な争いに突入するのである。

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2.加恵と雲平

雲平が戻ってすぐは、於継は加恵を彼の寝室にも近づけようとしなかったが、数日後にようやく二人は夫婦となる。

雲平の父直道は、息子の帰郷後まもなく世を去った。雲平は京都で学んだ知識と手に入れた医療器具で、外科手術を習得しようと粉骨砕身する。

天明の凶荒が続くころ、加恵は身ごもる。雲平は貧しい者にも惜しみない手当をしたため、華岡家の家計は常に火の車であった。雲平の姉妹たちも加恵も機織りに精を出し、家族や弟子たちも貧しい生活を耐え抜く。

加恵の出産が二ヶ月後に迫ると、華岡家の貧しい食生活を理由に於継は加恵を実家に戻そうとする。舅から、雲平誕生の折は於継を看取ったのが舅自身だと聞いていた加恵は、改めて於継への憎悪を募らせた。

温かく実家に迎えられた加恵は、小弁と名づけられた女児を産む。その頃から雲平は、青洲と名乗るようになった。

四年後、青洲の妹於勝が乳癌 ( 乳房の腫瘍 ) に冒される。於継と於勝自身は、青洲が実験を重ねていた麻酔を使っての外科手術を望むが、青洲はまだ麻酔薬が完成しないことを理由に試みることはしなかった。於勝はまもなく世を去る。医師でありながら妹を救えなかった青洲の気落ちは大きかった。

3.青洲の麻酔薬

研究を始めて十年後、青洲はようやく曼荼羅華(まんだらげ=チョウセンアサガオ ) と草烏頭(そううず=トリカブト) と使った麻酔薬を完成させる。

麻沸湯(まふつゆ)と名づけられた麻酔薬を猫の実験で成功させた青洲に、於継は自分の身を実験に使って欲しいと願い出る。青洲の母親として優位に立って自らを実験に捧げるという於継に、加恵は強い対抗心を覚える。我こそが実験台になる、と言いつのる母と妻の言い争いを聞いていた青洲は、二人とも実験に使うことを決心する。

最初に実験台となったのは於継だった。青洲は母親の老齢を思い、実験薬に草鳥頭 ( トリカブト ) は使用せず薬の昏睡具合だけを試す。無事に目を覚ました於継は、青洲の最初の実験台になったことを誇るが、加恵は青洲がまだ実用に可能な全身麻酔薬の実験ができていないことを案じ、自分こそが真の実験台になると言いつのる。

半年後、青洲は本当の意味での麻酔薬の実験を、加恵を使って行った。弟子たちは青洲の実験の危険性を知り青ざめた。三日目に加恵は目を覚ますが、麻酔薬の副作用は甚大で健康状態を取り戻すのに半月を要した。過酷な実験に耐えた加恵を青洲は優しくいたわり、それを目にした於継は強く嫉妬する。

青洲と加恵の一人娘、小弁が十歳で夭折(ようせつ)した。その悲しみに耐えていた加恵は、青洲の最終的な実験に自らを捧げる。通仙散(つうせんさん)と名づけられた麻酔薬は成功するが、二度の実験に身を捧げた加恵は視力を失う。加恵をいたわり続ける青洲を見ていた於継は、力尽きるように亡くなった。

そして加恵は、十数年ぶりに妊娠していることを知る。

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4.加恵と青洲のその後

加恵は男の子を産み、青洲は自分の幼名「雲平」を男児に与えた。失明していた加恵は満足に育児ができなかったが、独身で華岡家に残っていた青洲の妹小陸が家事万端を取り仕切るようになる。

青洲は紀州に並ぶ者のない医師としての盛名(せいめい)を得、和歌山藩主から士分に列せられた。弟子の数も増えたため、青洲は加恵と雲平のための別棟を建てる。弟子たちはみな、地味で落ち着いた挙措(きょそ)の加恵に尊敬の目を向けた。盲目となった加恵は、夫の愛と門弟たちの尊敬の念を受け幸せであった。

ある日、乳房を牛の角で裂かれた女が青洲の元に運び込まれた。その外科手術も成功し喜びに沸く華岡家であったが、青洲の妹小陸が体の不調を訴える。首筋にできた血瘤(けつりゅう)が原因であった。もう一人の妹、於勝も乳癌で失っていた青洲は、首筋の瘤では手術は不可能だと悟り絶望する。

不自由な体で小陸の看病に当たっていたころ、四十四歳の加恵は再び妊娠する。
次女かめを出産した加恵は、末期の症状に苦しむ小陸を看病しながら育児も行う。その加恵に小陸は、於継と加恵の確執を見続けたことを告白し、嫁に行かなかったことを謝して死んでいく。

次女かめが生まれた文化二年十月十三日、青洲はついに乳癌の手術に成功した。それは、世界最初の全身麻酔による手術であった。

華岡青洲の盛名はさらに高くなり、老大家杉田玄白からも華岡流医術の教えを請う手紙が届くほどであった。

華岡家が高名になると同時に、その盛運のために自らを犠牲にした青洲の母於継と妻加恵の話も美談として語り継がれるようになった。加恵自らは、人々の口の端に上ることをまったく望まないように静かに暮らしていたが、六十八歳で青洲に先立った。比類ない賢妻として、青洲と門弟たちによって加恵は手厚く葬られた。

青洲の死はその六年後である。華岡家にすべてを捧げた於継と加恵の墓が隠れてしまうほど大きな墓に、青洲は葬られている。

5.まとめ

華岡青洲の偉業は世界中に知られているが、その陰には母と妻の献身があった。姑と嫁の関係であった二人の女性は、聡明であった故にその確執も深かった。二人は青洲の愛を争い、青洲はそれを知りながら二人を実験に使い世界初の全身麻酔外科手術に成功する。家名のためにすべてを捧げた偉人の母と妻の姿を描いた傑作である。

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  1. […] 新派の、水谷八重子、波野久里子が主宰する「華岡青洲の妻」を、大阪松竹座へ観に行きました。 […]

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