有吉佐和子 香華のあらすじ│母と娘の関係を描く、古くて新しい作品

公開日: : 最終更新日:2018/06/25 恋愛(Love), 文学(Literature), 日本(Japan), 本(Book)

香華は、自由奔放な母に振り回され、嫌いながらも、母への思いを捨てられない娘の物語である。

母がいるため、自信の商売にも悪影響が出る一方で、切れない親子の縁に逃げることなく、強く生き抜く朋子の姿は、時代こそ古いが、親と子の関係、母と娘の関係という視点で見ると、現代でも多くの人たちが抱えている問題を描く、今の時代の作品である。

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1.郁代の結婚

紀州の旧家須永家に暮らす三人の女たち、四十を過ぎて夫を失ったばかりの須永つな、その娘で同じく後家の郁代二十三歳、さらにその娘朋子六歳。なかでも、郁代は奔放さで知られていた。

十代で隣村の格上の名家の一人息子田沢成吉と相惚(あいぼ)れとなり結婚、娘の朋子をもうけるものの、二十歳で未亡人となり娘を連れて実家に戻った。つなは娘と孫との暮らしに平凡な幸福を見出していたが、娘の郁代はそんな母の気持ちも知らずに大地主の一人息子の後妻になると言い出した。両家とも喜ばない婚姻であったが、大地主の息子高坂敬助は郁代の美貌のとりことなり、郁代は愚鈍でも東京で学生生活を送ったという理由だけで敬助の求婚にこたえたのである。

家事にまったく疎い郁代が執着していたのが、着物であった。自らの美貌と肢体(したい)を飾る着物を縫うことだけはまったく労をいとわず、二度目の結婚だと言うのに人目をそばだてるほどの衣装を買い上げてつなをさらに不機嫌にさせる。

保守的で頑固な紀州の海草郡の人々は、この身分違いの結婚に避難の目を向けていたが、郁代はそうした非難にも無頓着であった。ただただ自らを美しく装う。

郁代の娘朋子には、母の不徳が見えない。ただ、美しく装った母に無心に憧憬(どうけい)を深めていく。しかし、母にあこがれの目を向ける朋子、老いた自分を置いて再婚していく娘を恨むつなの二人は、須永の家に残されてしまうのである。

娘の親不孝を恨むつなは、次第に正気を失いついに自殺未遂を起こす。命はとりとめたものの、その後のつはなまったく正体のない老女となってしまう。嫁いだ郁代も、その驕慢な振る舞いで婚家にまったくなじまないまま、高坂敬助の子を妊娠する。保護者を失ったに等しい朋子は、それでも気丈につなを支え、母を慕う。母が生んだ女児安子にも姉らしい愛情を抱く。ところが安子を出産した郁代は、婚家での生活に倦(う)み、夫の敬助をそそのかして安子を連れ家族三人で故郷を出奔(しゅっぽん)する。

その後九歳の朋子を残して、つなは死去。須永の家は新家と呼ばれていたつなの義弟が管理することになり、九歳の朋子は迎えに来た高坂敬助と共に母がいる東京に向かう。
東京の下町に暮らしていた母の美しさは、東京風に自堕落になった態度と反してまったく変わっていなかった。朋子は変わらずその美しさを慕い続けるが、郁代の朋子に対する邪険な態度は変わらない。かえって義父の敬助の方が朋子に気を使うありさまであった。夫敬助の愚鈍さにも、郁代はいら立ちを募らせるばかりであった。

生活に窮(きゅう)した郁代は、朋子を静岡の妓楼(ぎろう)に売ってしまう。ほかに道のない朋子は、遊廓「叶楼」で芸者となるべく厳しくしつけられる。怜悧であった朋子はしかし、薄情な母親を恨まず、女将の厳しい仕込みにも耐えて、立派な芸妓(げいぎ)になるために努力を怠らない。

十一歳の朋子が半玉(はんぎょく)として女将に厳しく芸事をしつけられていた叶楼に、ある日美貌の花魁(おいらん)が到着する。それはなんと、高坂敬助に売られた母、郁代であった。

すでに三十路に近かったにもかかわらず、郁代の花魁姿は花街の大評判となり、九重と呼ばれる郁代はたちまちお職を張る(店のナンバーワンになる)ようになった。しかし二か月後、郁代の妊娠が発覚。再び高坂敬助の子供を宿していた郁代であったが、産み落とした男の子は旅役者にもらわれていった。出産後、再び娼妓(しょうぎ)となる。人々は年増の郁代をあざけるが、他人の思惑など気にも留めない郁代は相変わらず美しいまま泰然と客をとる。

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2.朋子、芸妓の道へ

十五歳となった朋子は、静岡の叶楼から東京赤坂の津川家へ鞍替えをする。感情をあらわにしない母郁子は、この時ばかりは東京へ向かう娘に羨(うらや)みの目を向ける。

母の美貌を受け継がなかった朋子は、そのぶん怜悧(れいり)さで津川家の女主人から優遇される。半玉から一本となった朋子の旦那となったのは、神波英公という老伯爵であった。芸妓の後見としてはこれ以上ない運に恵まれた朋子であったが、一本立ちしてまもなく知り合った陸軍士官学校の学生江崎文武と相思う仲となる。

独り立ちし芸者屋「花津川」の若き女主人となった朋子は、静岡の妓楼にいる母郁代を赤坂に引き取る。若くして幸運に恵まれた朋子は、それだけに周囲の思惑にも気を遣うが、郁代は相変わらず無頓着にふるまい朋子をいらだたせた。

朋子が目指すのは、江崎文武との結婚であった。二人が純情であればあるだけ周囲はこの恋に難色を示すが、若い二人の思いはとどまらず、朋子は芸者屋の主人、現役の芸者、そして神波侯爵の愛人として毎日のやりくりをしながら、江崎と共になる日を夢見る。

母の郁代はまったく娘の苦労に同情を示さず、金にひかれて二人の恋に反対する人たちに迎合してしまう。

そして、関東大地震が発生する。

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3.郁代と朋子、和歌山へ

東京から逃れて、郁代と朋子親子は故郷の和歌山にしばらく暮らすことになった。

朋子は故郷で、死病に取りつかれたかつての義父高坂敬助を見舞い、彼がまだ郁代を愛していることを知る。しかし郁代は、敬助には関心すら持たない。結婚にやぶれ娼妓にまで身を落とした郁代はしかし、故郷和歌山でかつての優雅な自分を取り戻したらしく、娘の朋子はしばし安堵する。

その二人を訪れてきたのが、かつて須永家の下男であった八郎である。大阪の時計屋に養子に行った八郎は、郁代に豪華な腕時計を贈り郁代は大喜びしてはしゃぐ。

八郎の訪問には大喜びした郁代なのに、自らが生んだ安子の訪問には冷淡な態度を示す。十四歳となっていた安子は、郁代そっくりの美しい娘となっており、ある日須永家の庭先にその姿を現した。朋子は妹の訪問を喜び、郁代に告げるものの、彼女は安子に一言も語りかけようとはせず、安子も走り去ってしまう。

ある日、神波老伯爵からの手紙が、朋子の元に届いた。芸者屋はやめて宿屋を開きたいという朋子のために、築地川沿いに千坪の土地を買ってあることを告げていた。愛人としての神波伯爵の心遣いに感謝する朋子だが、江崎との結婚がさらに遠のいていくことを直感する。

母の郁代は、八郎に招かれて十日間も大阪に滞在する。豪奢(ごうしゃ)な着物を買ってもらったことを語る郁代の姿に、朋子は先行きの不安を感じる。

4.朋子、東京で宿屋の女将となる

パトロンである神波伯爵の誘いは断ることが出来ず、宿屋「波奈家」を開業した朋子であるが、年々老いていく侯爵との同衾(どうきん)に、朋子は苦痛を感じるようになる。

一方、陸軍士官学校を卒業しようとしている江崎文武は、ある日朋子を訪れて彼女と結婚できない旨を告げる。朋子と江崎の真摯な思いを理解した江崎の家族は、朋子の近親関係を調査し、母親が娼妓であった事実を知ったのが理由であった。

一方的に別れを告げられた朋子は気落ちし、虚脱したような日々が続く。

追い打ちをかけるように、十年間朋子を後見してきた神波伯爵も世を去った。その時、愛人では葬儀にも行けないと嘆く朋子に救いの手を差し出したのが、神波伯爵の友人で対照的な性格の野沢宗市であった。財界の雄であった野沢は、朋子に接吻しようとして果たせなかった過去を持つ男であるが、豪放でありながら細やかな心遣いが出来る男でもあった。朋子に丸髷(まるまげ)を結わせ、妻として神波伯爵の葬儀に同伴してくれたのである。

結婚という目的を失い、後見人も失った朋子はがむしゃらに働く日々が続くが、郁代は八郎と連絡を取ったり浅草のレビューに夢中になったりと娘の苦労など思いやらない毎日を送っている。そして、妻を失った八郎は郁代に求婚する。かつての主従関係のまま、八郎に驕慢(きょうまん)にふるまう郁代の結婚に朋子は反対するが、郁代は結婚支度を娘にねだる。

母が娼妓であった故に朋子は結婚が出来なかったのに、その原因となった母は三度目の結婚をする。気持ちが荒れる朋子のもとに、野沢宗市がやってくる。それまでもたびたび「波奈家」に滞在していた野沢は、朋子を愛人にしたいと申し出る。朋子は結婚できない男とはもうかかわらないと決めていたのだが、野沢の人間に惹かれて彼の子供を産むことを夢見るようになる。

夫婦ではなくても、野沢との生活は朋子に幸福をもたらした。しかし、子供を授かることが出来ず、三十路を超えていた朋子は焦りを感じる。

ある日、異母妹の安子が朋子のところにやってきた。父の高坂敬助が死んだのだった。
母の郁代を頼った安子はしかしまた冷淡に扱われ、八郎が朋子の所在を安子に教えたのだった。

母郁代の美しい容姿と父敬助の愚鈍さをうけついだ安子を、朋子は波奈家の女中として受け入れるが、野沢は安子の存在に危惧を抱く。その予感は当たり、安子は客の子を妊娠してしまう。すでに三十五歳になっていた朋子は、安子の産む子を養子に迎える決心をする。母になる期待に胸を躍らせる朋子だったが、安子は死産をする。その不運を、朋子はひたすら母郁代の不徳ゆえと恨むようになる。

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5.野沢の死と世界大戦

四十近くなった朋子は、心の支えであった野沢を失う。

葬儀に参列する気力も失った朋子の所に、郁代がやってくる。八郎との仲が思うようにいかなくなると、朋子のもとにやってきて八郎をののしるのが常であった。一方、安子はさんざん朋子を悩ませた後、波奈家を飛び出し金の無心ばかりしてくる。母と妹に振り回される朋子だが、世情も予断を許さなくなっていた。召集令状が次々と波奈家の料理人のもとにも届き、朋子は宿屋の切り盛りに苦労を重ねる。

野沢の四十九日が終わったころ、彼の未亡人から朋子へ形見分けが届く。朋子は改めて愛人という身分のうつろさを実感し、妻でありながら夫の八郎を下男のように扱う母郁代に複雑な思いを抱く。

食事情は戦争により悪化するばかりで、波奈家の食料の確保に朋子は奔走するようになる。加えて、母の郁代は、ひもじくなると朋子のもとに身を寄せる。そして東京大空襲、終戦。波奈家も消失し、朋子に残されたのは郁代と防空壕に埋めた食器類、そして千坪の土地のみとなってしまった。

それでも朋子は将来に向けて再起する準備を始める。母にもその決意を告げるが、母は迎えに来ない八郎のことばかりを口にするのであった。

事業の再出発のために、老いた母を異母妹に預けようと朋子は安子を訪れた。安子はアメリカの進駐軍に取り入っている前島という男と一緒になっていたが、母親らしいことをしてくれなかった母を受け入れる義務はないと言って朋子の願いを断る。母親らしいことをしてもらわなかったことは同じである朋子は、しかしこの言葉をバネに意地でも事業を再建させると誓うのである。

その後、母郁代は八郎に迎えられて大阪に戻って行った。

6.料理屋 花ノ家

終戦の翌年、朋子は料理屋「花ノ家」を開業する。開業当初は、食料不足と資金不足に悩まされた朋子だが、埋もれていた食器と人の縁に恵まれ、朋子自身も働きづめに働いた。以前の「波奈家」に比べれば三分の一の規模という小さな料理屋であったが、余裕が出てくると朋子はその庭を花で埋めるようになった。

朋子の努力が実って資金不足も解消されたころ、朋子はかつての恋人江崎文武が戦犯として絞首刑に処せられることを知る。それまで、働きつづけて江崎のことを思い出すこともなかった朋子は、憑かれたように江崎との面会にこぎつけるべく奔走する。しかし面会が許されているのは家族の五名と決められていて、朋子にはその権利がなかった。

朋子は戦犯係の男に料理を運び心証を良くし、ひたすら江崎との面会を懇願する。そして、江崎の父が死去した後、欠員が出来た面会日に朋子は江崎に会いに出かける。

美しい妻と三人の息子たちと面会している江崎は穏やかな家庭人になっており、朋子の顔を見てもそれがかつての恋人とも気が付かない。改めて、妻でないことのむなしさを実感する朋子は更年期障害の時期とも重なり、気持ちが荒れる時期を過ごす。さらに、母郁代とともに下足番として花ノ家に居ついてしまった八郎の存在にも、朋子は耐え難い気持ちを抱く。

そして、江崎文武は絞首刑に処された。

花ノ家が繁盛を続け増築の最中、朋子のもとにある道具屋が訪れた。彼が朋子のもとに持ってきたのは、かつて神波伯爵が所有していた、香木を刻んだ仏像であった。その神々しさと縁の不思議さを感じた朋子は、その仏像を道具屋が言う値で引き取った。

仏像を収める仏壇を購入しようと決めた朋子は、自身と縁のあった人々の戒名をひとつとして知らないことに気が付き唖然とする。母郁代は、八郎という夫がありながら朋子には遺言として「自分の骨は最初の夫であった田沢成吉の所に入れてほしい」と告げて朋子を激怒させたが、その母もかつての夫たちの戒名を思い出せない。結局、位牌はすべて俗名を書かせた朋子だが、改めて男運が悪かった自分を憐れんだ。

その朋子も、ある日倒れた。腸と子宮の腫瘍の癒着であった。一時は命も危ぶまれた朋子が目を覚まして枕辺に見出したのは、安子や八郎やかつての朋輩(ほうばい)たちだけで郁代の姿がない。朋子は見舞に来た芸者時代の仲間の言葉尻から、母郁代がすでにこの世にいないことを察知した。

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7.母の死と病後の朋子

母郁代は、娘の発病に動転し道を飛び出し、ジープに轢かれたのだった。退院した朋子は、新しい仏壇に母の骨壺を見出し、かつての美しかった若き母を思い起こす。残された夫八郎は、郁代の遺言通り遺骨の半分だけを受け取り、半分は朋子に託した。

病中に届いた手紙の中に、かつて江崎と面会しようと奔走して知り合った事務官の名前があった。彼は、江崎の遺骨の分骨と法要が行われる旨を書いてきたのである。しかし、朋子の入院中に法要はすでに終わっていた。電話をした朋子に、事務官は江崎の遺体はほかの戦犯たちとともに共同墓地に投げ込まれることを告げるのである。それでも、朋子は分骨して欲しいと事務官に告げた。

朋子の仏壇に、神波伯爵ゆかりの仏像が納まり、誰のものとも分からない遺骨が江崎の形見として納められた。そしてもっとも縁の深かった野沢を思い出しつつ、朋子は母への思慕を募らせた。

男運が悪かった朋子は、安子が前島との間に生んだ常冶を養子にし、かわいがるようになる。

美しかった母への思慕を思い出した朋子は、その遺言を果たすために母の位牌を持って故郷を訪れた。しかしすでに代替わりをしていた朋子の父の田沢家は、郁代の遺骨を墓に納めることを拒否する。

結婚をしていない自分が、愛人たちの家から拒否されることは理解できるが、結婚していた母も拒否された。腹ただしさを抑えきれない朋子は、その日の宿の岡本楼に到着する。

東京で有数の料亭を営む朋子と、和歌山で名の知られた旅館の女将は意気投合する。
その女将は、養子にした甥の冷淡さをなげき、同じように甥の常冶を養子にしていた朋子に、「腹を痛めた子でなくては頼りにならない」と嘆く。女将は常冶が朋子の実子と思い込んでいるのであった。

同じ境遇の朋子は、自身の将来をふと見た思いになり、再び母を思い出すのであった。

8.まとめ

母性のかけらもなく奔放な母、郁代を嫌いながらも、母への思いを捨てられない朋子。母のせいで家族のぬくもりを知らぬまま成長し、男運の悪い生涯を送り、自身の商売の足かせにもなる。

しかし一方で、切っても切れない親子の縁というものに逃げることなく強く生き抜く朋子。

古い時代背景のもとで書かれているが、親と子の関係、母と娘の関係という視点で見ると、現代でも多くの人が苦しんで救いを求めるテーマが書かれている。

渾身の作品である。

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